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退屈日記「なぜ、カモメたちが大興奮をしあの夜暴れたのかが、わかった」 Posted on 2021/06/13 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ここに越してきて、はじめてというくらい、カモメたちが一晩中鳴き続けて、眠れない夜があった。
5,6日前のことでそのことは先の日記にも書いたけど、数十匹のカモメたちが屋根の上でドスンドスンと動きまわり、盛りのついた猫のような声で雄たけびを張り上げ続け、屋根の真下で暮らす父ちゃんは一睡もできなかったのだ。
しかし、その大騒ぎは一晩で終わり、その後は静かな夜が続いている。
カモメたちは調べたところによると、太陽が上がるのにあわせて起きて動きだし、太陽が沈むと寝るという習慣があるようだ。
(寝るのは浜辺の砂の上とネットにあったけど、どうも、砂浜だけじゃない。少なくともこの辺のカモメは屋根の上でも寝ている)
しかし、あの夜は、一晩中興奮をしたカモメたちのせいで眠れなかった。
まるで暴走族が大宴会をやっているような感じで、天窓からおそるおそる覗くと凄い数のカモメが屋根を占拠し、カモメ王国の国王であるぼくを威嚇したので、国王はギロチンにかけられるのを恐れて、天窓をしっかりと封鎖してしまったのだった。

退屈日記「なぜ、カモメたちが大興奮をしあの夜暴れたのかが、わかった」

※ 大挙押し寄せたカモメたちが天窓に糞をして、汚されてしまった! 



ところが大騒ぎの翌日、天窓から子猫の鳴き声のようなミーミーいう赤ちゃんの声が聞こえだしたのである。
天窓の下からぼくは見上げた。
天窓の横にどうやらカモメが巣を作り、そこで赤ちゃんを産んだようだった。
その夜から、カモメたちは静かになったのである。
つまり、あの大騒ぎの夜は子供の誕生を祝う一族の大宴会の日だった、ということだ。
まるで人間みたいだけど、カモメはかなり賢い。カラスをよりも賢く、カラスをあしらうカモメの姿を何度も目撃した。
彼らは集団で行動をし、だから、集団で子供の誕生を祝っていたのだ。
ぼくはちょうど、その光栄な瞬間に立ち会った(屋根の下で)人間ということになる。
なんとも、可愛らしい赤ちゃんの声じゃないか。ミーミー、ミーミー鳴いている。
この五日間、ずっと「おなかがすいたよー」と多分、鳴いている。
すると、カモメたちが餌を加えてどこからともなく飛来してくる。
親の愛は、動物も、鳥も、人間も一緒だなぁ、と思うと、国王として涙があふれた。
彼らを追い出そうと猫の置物を買ったことを後悔した。なので、猫の置物は下のメイン玄関のエントランスホールに飾ることにした。

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退屈日記「なぜ、カモメたちが大興奮をしあの夜暴れたのかが、わかった」



ぼくは窓を全部、あけて、カモメの子供たちに聞こえるように祝福のギターを弾いた。
ぼくがギターを弾くと、ミーミー、が鳴きだす。
そうだ、ミーミー、と名付けよう。
この子たちがどうやってここから飛び立つのか、想像をすると、ドキドキするし、微笑ましかった。
ぼくの祝福のギターは優しいアルペジオだ。
遠く、太陽が海に沈んでいく。
この光景をカモメたちと一緒に眺めて過ごせるこの瞬間を神様に感謝した。
もちろんぼくには信仰がないけど、生き物としての根源的な絶対神に対して、ありがとう、とお伝えしたのである。

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