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滞仏日記「お小遣いを上げるか、部屋を片付けるか、父子の攻防続く」 Posted on 2021/07/22 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今回、息子の部屋があまりに汚過ぎるので、「片付けないなら、お小遣い無し」と宣言したところ、翌日、綺麗になっていたのは日記に書いた通り。
この二枚、同じ角度で撮影したものとは思えないほど、であーる。笑。
思わず、お小遣い作戦が功を奏した、ことについては、実はそれでよかったのか、お金で息子の心を動かしたのじゃないか、というやや後ろめたい気持ちも起きないではない・・・。
でも、しかし、これまであんなに口うるさく言ってきたのに、こんなことで部屋が片付いたことには、ある種の成果を感じたのも事実。
なんであれ、綺麗な部屋は、健康的である。

滞仏日記「お小遣いを上げるか、部屋を片付けるか、父子の攻防続く」

滞仏日記「お小遣いを上げるか、部屋を片付けるか、父子の攻防続く」



そこで今日、辻家は、手巻き寿司の日だったが、笑、手巻き寿司というのは自分で巻くことによる参加型のご飯でもあるわけだから、逆に会話を増やす素晴らしい効果もある。
そこで、ぼくは一計を案じた。
テーブルに並べた具と酢飯と有明海苔を前に、2人で手巻き巻ーき巻ーきしながら、腹を割って語り合ったのだ。

滞仏日記「お小遣いを上げるか、部屋を片付けるか、父子の攻防続く」



「で、相談なんだが、グッドニュースとバッドニュースがある。どっちがまず知りたい?」
「え? じゃあ、グッドな方」
「お小遣い、あげたろか?」
手巻きを終えた息子の手が止まった。
「バッドはなに?」
「気になる?」
「パパとは長い付き合いだから、わかるよ。グッドの陰にバッドあり」
「バレたかー」
息子は海苔に納豆を入れて、巻こうとしている。納豆巻きか、やるな。真似したろ・・・。

滞仏日記「お小遣いを上げるか、部屋を片付けるか、父子の攻防続く」



「長年、お小遣いは毎月、30ユーロだった。でも、もう高校三年生だ。だから50ユーロにお小遣いをアップさせてもいいかな、と思った」
息子の口元が一瞬、ニヤッとなったのをぼくは見逃さなかった。しかし、息子は不意に口元を引き締めた。
「で、条件はなに?」
「条件あると思うのか?」
「パパ、長い付き合いだよ。20ユーロもお小遣い上げるのに、何もないわけない。グッドの陰に必ずバッドあり」
「するどい! びんご」
「するどいじゃないよ、バッド、何?」
「毎週、日曜日にパパが部屋が片付いているか、チェックをする。掃除機もかけること。部屋が汚いままだと、お小遣いは30ユーロに戻る。どうだ、すげーアイデアだろ?」
息子の眉根が動いた。何か、考えている・・・。しかし、現金にはかなわない。
「部屋が片付き、お小遣いもあがる。一石二鳥だ」
「オッケー、いいよ。やる」
「掃除機をかけ、部屋が常に綺麗なことが条件になる。いいね?」
「うん」



この方法がいいのか、異論もあるだろう。
でも、アルバイトが出来ないフランスの学生がお金を稼ぐには、ご近所さんのベビーシッターか、犬の散歩くらいしかないのが現状だ。
ならば、自分の部屋を片付けることでお小遣いがアップするというやり方は満更悪くない。受験生だし、勉強に集中してもらいたいから、アルバイトさせるわけにもいかない。
大学生になったら家庭教師でも何でもやればいい。
今は受験勉強に専念してもらいたい。
でも、学生とはいえ、お金が必要なのだ。
カフェでランチを食べるだけで15ユーロくらいかかってしまう国なので、しょうがない。

滞仏日記「お小遣いを上げるか、部屋を片付けるか、父子の攻防続く」



ぼくはエビとアボカドとマヨネーズの手巻き寿司にした。
息子が、何がおいしいの、と聞いてくるので、納豆+マグロ、サーモン+アボカド、卵焼き+キュウリ+トビ子+マヨ、などを教えてやった。
魚は全部冷凍食品(ピカール社の)だったけど、ぜんぜん、美味しかった。
「ところでパパはお小遣いいくら貰っていたの? 高校三年生の時」
「え? いくらかな」
時代が違うからな、と思った。40年以上も前のことである。
「金額はわからないけど、イメージとしてはやっぱ、30ユーロと50ユーロのあいだくらいだったかな。いや、もっと少なかったかもしれない。パパは柔道部だったから、練習のあと、みんなで学校下のパン屋でジュースと菓子パンを食べて帰るのが日課だったから」
「やりくりできたの?」
「うーん。菓子パンのお金はもしかしたら、毎回、母さんに貰っていたかも。パパはお小遣い貰うと、すぐレコードを買って、初日ですっからかん」
「人のこと、言えないじゃん」
「あはは。でも、パパをちゃんと説得できるなら、必要なものは買ってあげるよ。でも、なんでもかんでも買い与えるのは、そもそも、君のためにならないから、やりくりしていきなさい」
「うん、わかってるよ」
「大人になって、お金を稼ぐようになって、はじめて、この経験が役立つ。君も、今、勉強していると思えばいいんじゃないの。我慢することも、いい経験になる」
「まぁね」

地球カレッジ



「ご馳走様」
息子は食べ終わると、自分の食器を持って、キッチンに片付けに行った。彼はそれを軽く洗い、食洗器の中にいれる。ぼくも同じことをやる。
ぼくらが長年、続けてきたルールなのだ。
家庭内のこういう小さなルールが、彼を大人にさせてきた。間違えてはいないはずだ。
来週から、部屋が掃除されたか、細かくチェックすることにする。入口にチェック帖を吊るす予定・・・。笑。
こういうルールが息子を大人にさせていくのである。

つづく。

自分流×帝京大学