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退屈日記「ぼくの仲間たちを紹介したい。顔が少し怖いけど、いい連中である」 Posted on 2021/07/22 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、夏休みでフランス人の多くはバカンス旅行に出ている。
ぼくは今のところ、パリに息子と残っている。
田舎の方が人が多いのでパリは静かだ。
観光客もほとんどいないから、店も閉まっているし、長閑すぎるくらい長閑なのである。
今日はぼくの友人たちを紹介したい。
写真をご覧頂きたい、ちょっと近づき難い感じがするけれど、いい連中であることは間違いない。
しかし、もしも、こういう風に、通りのテラス席に、こんな連中が座っていたら、その横の席に座りたいと思う人がどのくらいいるだろう。
おそらく、このカフェが人気がないのは、いつもこの連中がここでふんぞり返っているからに他ならない。
そのことに店主も気づいていないのが実に滑稽である。

退屈日記「ぼくの仲間たちを紹介したい。顔が少し怖いけど、いい連中である」



左から、同じみ哲学者のアドリアン、その奥がリコ、トーマス、モロッコ人のユセフ、そしてNHKの「春ご飯」のカメラを担当してくれたピエールである。実に、スキンヘッドが4人もいるので、ちょっとだけ怖いね。笑。
しかも、アドリアンは理屈こねだすとさらに怖くなる。本当はめっちゃ優しい人なんだけど・・・。

退屈日記「ぼくの仲間たちを紹介したい。顔が少し怖いけど、いい連中である」



ちなみに、リコとユセフは保健相の運転手でいつも大臣とか偉い人の送迎をやる公務員、トーマスはたしかSPだったか、警察官だったと思う。
みんな強面だけど、ひとたび笑うと、もうパンダかよ、と思うくらいに愛らしい人たちで、最高の仲間である。
困ったことがあるといつでも助けてくれる。
ちなみに、ぼくの前にも1人いて、この人はアフリカ系の重鎮(ブリュノさん)で近くにある元貴族の屋敷の護衛隊長だ。
見た目、スティービーワンダーにそっくりなのだ。いつも、ハッピーバースデートゥーユー、を歌っている。なんで、と訊いたら、毎日誰かが生まれてくるからだよ、と言った。超感動。
たぶん、この辺の住民の人たちはぼくもこのグループの一員と思われているかもしれない。間違いない。

退屈日記「ぼくの仲間たちを紹介したい。顔が少し怖いけど、いい連中である」



今日は暑いので、日陰の席に座ったら、動きたくなくなった。
よく冷えた白ワインを注文して、みんなで乾杯をした。
天気の話しとか、今話題のオリンピックの話しとか、変異株の話しとか、・・・。
ワクチン反対派のピエールはワクチンを打つ気がない。
彼はワクチンを打つと細胞がコントロールされて人間らしく生きることができなくなる、みたいなことを真剣で訴え、ワクチン推進派のアドリアンと言い合いになっていた。
他の連中は笑って聞いていた。でも、喧嘩にはならない。
何を信じるのも、どう生きるのかも、自由だからだ。
みんな、眉根を動かし、ニヤッと笑っておしまい。
けだるい午後だった。しかし、だいたい最後は哲学者のアドリアンが、人生は短いのだ、好きに生きればいい、とまとめて終わりになる。
ネガティブに生きてもいいけど、最後はポジティブに終えるのがいい。それを決めるのは、他でもない、自分自身だ、とアドリアンがつぶやくのだった。



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