JINSEI STORIES

滞仏日記「猛暑のパリで、息子に盗み方を教えた悪い父ちゃん」 Posted on 2021/07/24   

某月某日、今日はオリンピックの開幕式ということで、フランスでも、かなりニュースになっていた。
我が家はテレビが故障中で、ネットで一瞬見ただけだったが、マクロン大統領がG7首相・大統領の中では唯一の参加ということで、次のオリンピック開催国でもあり、これも話題になっていた。(詳しいことは、たぶん、パリ最新情報で)
ところでパリは猛暑で、みんな避暑地に出ていて、毎年夏は穏やかで静かなのである。
8月になるともっと人がいなくなる。
フランス人は7月と8月、だいたい二回にわけて旅に出る人が多い。
デザインストーリーズ編集部+ライターの皆さんもパリを離れているので、ぼくが一人でパリに残って、日記を書いている。あ、息子もおった・・・。
で、仲がいいのか悪いのかわからない父子は、この暑いパリの薄暗い家の中で、それぞれの部屋から出ずに、食事の時以外は顔を合わせないようにしながら、夏をやり過ごしている。



昨夜も朝の4時くらいにトイレに起きたら、息子の部屋の灯りがついており、話し声がもれてきていた。
今朝は12時に「ご飯だけど、どうする?」と言いに行ったら、暗い部屋の奥の方から、食べる、と返事が戻ってきた。
サラダ定食のようなものを作って、テーブルに並べ、なかなか起きてこないので、先に食べていたら、原始人のような頭ボウボウの髭面男が出てきたので、昔は可愛かったのになぁ、と思わず笑った父ちゃん。
ナニ、と聞かれた。えへへ、と笑ってごまかし、ビールを呑んだ父ちゃんだった。食べ終わって、しばらく息子がご飯を食べるのを見ていたら、
「ナニ?」
とまた叱られた。
「別に、お前なんか見てない」
「見てたじゃん」
「お前の後ろの戸棚の整理をしなきゃな、と思って考えていた。気取るな」
と漫才みたいな掛け合いをやった父子であった。
ところが、いつもだとここで話しはブチ切れるのだが、今日はその先があった。
「あのさ、ギター教えてくれない」

滞仏日記「猛暑のパリで、息子に盗み方を教えた悪い父ちゃん」



「やだよ」
とぼくは言った。
「なんで?」
「お前さ、口だけじゃん。やる気のないやつに教える暇はない」
「あるよ、モチベーション」
「いつも、習うと言って、ちょっと教えたら、そこまで、何だって、長続きしない、ピアノも、オペラのボイストレーニングもそうだった。ぜんぶ、尻切れトンボだ」
「決めつけないでよ」
ということで誰もいないパリで、ぼくは息子にギターを教えることになった。

地球カレッジ

髭面と書いたが無精ひげで、一応綺麗に剃ると韓国のアイドルさんみたいな顔が出てくるのだけど、髭がフランスの若者のファッションみたいなところもあるのか、この子の周りだけか、この子の仲間たちはみんな昔のヒッピーみたいに髭を生やしている。チャールズ・ブロンソンか、と言ったけど、通じなかった。えへへ。

滞仏日記「猛暑のパリで、息子に盗み方を教えた悪い父ちゃん」



ぼくは父親に何か習ったことがあっただろうか? 
昔、自転車の乗り方と泳ぎ方を教えてもらったことがあった。
でも、ぼくが水を怖がったら、プールの中に突き落とされた。
ビビっていたら、ビビるな、と怒られた。結局、プールに突き落とされたのがトラウマになって、ぼくはいまだに🔨なのである。
自転車は乗れないとみんなと遊んでもらえないので、必死で覚えたけど、父さんに習ったというより、独学だった。ぼくは全部、独学だった。
人に習っても上達しない、ということをぼくは父から学んだ気がする。
「あのな」
「ナニ?」
「今、教えた、Aマイナーだけど、こういうのだったら、習ってもしょうがないよ」
「なんで?」
「YouTubeとかで学んだ方がいい。何度も再生できるし、先生はお前が出来なくても怒らないし、やる気がなければそこまだから、誰も苦しまない」
「確かに」
「これは教えたくないから言ってるのじゃない。ギターうまくなりたいなら、テクニックを盗んだ方がいい」
「どういうこと?」



「コードとか基本は教えるのも面倒なんだ。あまりに初歩過ぎるから。だから、そこは一週間あげるから、たとえば、自分の耳で何かコピーしろよ。たとえばパパのバンドの曲とかでもいいから、ZOOでいいじゃん。自分でコピーした方がいい。ネットで弾き方は誰か教えてくれるから、悪いこと言わないから、それでだいたいのやり方をまず覚えて、基礎が出来たところで、パパが実際に弾いてみせるから、それを盗め」
「盗む」
「ああ、映画館に行ってボケッと映画を観るな。感動する場面で、監督がなぜ、ここに顔のアップを入れたか考えてみるんだ。その方が効果があるからだと気が付いたら、その方法を盗め。何にでも役立つ。音楽にも顔のアップはあるし、文学にもある。芸術は全部繋がってるんだ。絵のつなぎ方、文章の書き方、アレンジの仕方、たくさんの本を読んで文豪たちの書き方を盗め。引き出しがいっぱいできたら、自然に、自分のオリジナルのスタイルが出てくる。わかる?」



「君は今、なぜギターをパパに習いたいと思った?」
「あ、ええと。ほら、パパが毎晩、ボレロ弾いてるじゃん。ぼくもあんな風に、自由に演奏してみたいんだ、ボレロを」
ぼくは微笑んだ。
「それはグッドアイデアだ。じゃあ、パパのYouTubeを何度も見てだいたい弾けるようになったら、そのあと、盗みにこい」
「パパはあれ、どこで習ったの? 学校とか言ってないでしょ?」
「あれはNHKの交響楽団のYouTubeを何回も聞いて、自分の耳でこういう感じかな、って組み立てていったんだ。盗んだ。先生はNHK交響楽団、一番音像がシンプルだったからね。パパは音楽大学とか出てないから、全部、耳で聞いて、実際に弾いて、こうかな、こうじゃないかな、とか、一音一音確かめながらアレンジしていったんだ」
「じゃあ、楽譜とかないんだ」
「あるわけないじゃん。あっても読めないし、笑。ラベルがきいたら、怒るレベルだよ」←レベルとラベルの洒落。笑。
ぼくらは笑いあった。

「でも、ドイツの交響楽団で指揮者やってるキンボー石井さんに、聞いて貰ったら、すっごく褒められた。クラシックの人間にはできない解釈だから、ぜんぜんありですよ、悔しいなぁ、こういう解釈自分にはできないって、言われた。最高の誉め言葉だったよ。自信なかったけど、これでいいんだって思った。キンボーさんに、背中押された気持ちになった。音楽って、ビジネスじゃないものを連れてくる。パパはそういう瞬間が好きだ。文学もそうだ。なんだって、表現することは一緒だ」
息子がくすっと笑った。
「半年くらいかかったんだけどね、音をとるの」
「そんなに?」
「でも、コピーはダメ。自分の血肉にしなきゃダメ。何度も聞いて、試行錯誤をしないと人間、上達しない。Aマイナーを一つ覚えて、ギター難しい、と挫折する人はもう悪いこと言わないから今すぐ止めた方がいい。時間が無駄になる。どうだ? わかったか? だから、まず、ZOOを自分なりに盗んでこい。それが君のものになるように、あとで指導してやるから・・・・」

滞仏日記「猛暑のパリで、息子に盗み方を教えた悪い父ちゃん」



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