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滞仏日記「人間もかもめも一緒だよ、とカイザー髭が息子に教えた」 Posted on 2021/07/27 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、土砂降りで、釣りとか出来ない感じの朝、上の階のかもめたちはどうしているのだろうと心配するほどの凄い雨だったので、早起きしたけど釣りは断念。
モンサンミッシェルにドライブに行こうか、と息子を誘った。
「近いの?」
「ノルマンディだから、ここから一時間くらい?」
「前に、パパと二人で行ったじゃん。だいたいのところはもう行ったよ」
可愛くない。
じゃあ、雨が上がるの待とうか?
ということで息子がソファでゴロゴロしているので、ぼくは寝室から出られず、午前中、ギターを弾いて過ごすことになった。
だいたい、受験生なのに、勉強道具も持ってきてない。あんニャロメ。
「なんで?」
「パソコンないから」
「教科書でいいんじゃないの?」
「あ、重いし」
ダメだ、こりゃ。
ドラマティックなことが毎日あるわけじゃないのだけど、でも、生きているというのはそういうことだ。
ぼくにとって一番近い存在は誰だろうと、思ったら、やっぱり「こいつ」だった。笑。
人間には、みんな、誰かが近くにいる。
好きか嫌いか分からないけど、誰かがいて、面倒くさかったり、助けられたりしながら、生きている。
打ち寄せては返す波のような関係かもしれない。

滞仏日記「人間もかもめも一緒だよ、とカイザー髭が息子に教えた」



階段脇の被告席と名付けた小さな書斎で仕事をしていると息子がやって来て、
「パパ、ぼくの部屋の上に子猫がいて、ずっと鳴いていたけど、大丈夫かな?」
と言った。
「あれは子猫じゃないよ。かもめの赤ちゃん」
「マジで?」
「ずっと、ミーミーって鳴いてるだろ? 生まれたんだよ。少し前に」
「ほら、まだ鳴いてる」
「お腹すいてるのかもめ」
舌が滑って、冗談になり、軽蔑のまなざしを受けた。
昼過ぎ、雨があがったので、ぼくらは昼食を食べに出かけることにした。
すると、建物を出たところで下の階のカイザー髭とハウルの魔女ご夫婦にばったり出会ったのだ。
息子、初対面( ^ω^)・・・



「息子です」
「わあ、大きいな坊ちゃんだね」
息子が、微笑みながら挨拶をした。ま、85点という感じ。笑。
下のマダム、ハウルの魔女さんに似ているんだ、と昨夜、話しといたので、息子がそのことを思い出したのか、やや反応気味・・・。反応しすぎやろ。
ハウルの魔女さん、子供が好きなのか、満面の笑みで、・・・いや、よく見ると、美人なんだな、と改めて思った。
写真を撮らせてください、と喉まで出かかったのだけど、携帯を取り出して構えようとした瞬間に、息子に腕を掴まれた。
腕を掴んでいるくせに、息子はカイザーさんの話しをにこやかに聞いている。携帯をしまえ、という合図。う、大人だ・・・。
「見てごらん」
カイザー髭が、建物の屋上を指さした。
「君の家の上に、かもめの赤ちゃんが3羽いる。知ってるだろ? 一晩中鳴いてるからね」
「あ、はい」
答えたのはぼくじゃなく、息子だった。
「昨日も一晩中鳴いていたんです」
「ああ、今は飛ぶ練習をはじめた。よく見てごらん、羽ばたく真似をしている」
ぼくらは全員で、目を凝らした。親かもめたちが建物の上を旋回をしている。あ、きっと、飛び方を教えているのだ。飛び方を見せている?
「毎年、8月になると、いっせいに飛び立つよ。うるさいのは今だけだ」
「ああ、どうりで、春に来た頃、上に大勢いて、毎晩どたどた、すごい音だったんです。あれは出産の儀式みたいなものだったのですね・・・」
ぼくが言うと、カイザー髭が、
「うん。この建物の屋根は広いから、煙突が天敵から赤ちゃんを守るし、子育てには最適なんだよ。だから、ここでたくさんのかもめが生まれた。私たちな何羽も巣立つのを見送ってきた。でも、みーみー、うるさい。・・・さんも(前の住人の方の名前)、その時期は眠れないと言っていた」
「じゃあ、8月以降は静かになる?」
「ああ、今は、君のうちの上が彼らの子育ての巣なんだよ。3家族がここに集結して、凄い数が集まっている感じだろ?しかし、子供たちが飛び立つとここを巣にする必要がなくなるから、一旦、みんないなくなる。秋以降は静かになるよ」
ぼくは思わず、へー、と唸った。

滞仏日記「人間もかもめも一緒だよ、とカイザー髭が息子に教えた」



「どうやって、飛ぶ練習を教えてるんですか?」
息子が目を細めながら聞いた。
「それは、人間と一緒よ。親を見て真似をする」
そう言ったのは、ハウルの魔女だった。
じーーーーーーーーん。
ぼくはなぜか、感動して、泣きそうになった。
一緒じゃん、ぼくと・・・。
親かもめが建物の上をぐるぐると旋回している。
時に急降下、時に急上昇。風にのってサーファーみたいに滞空したり、とにかく、美しくダイナミックで素晴らしい。
あの優雅な舞い方は、子供のためのデモンストレーションなんだ。

どうやら餌を持ってきて与えたようだ。一羽が鳴き声がやんだ。
息子を振り返ると、じっと、屋根の上を見上げている。
「君はいくつだ?」
「17才です」
「おお、バックか」(バックとはバカロレア、高校卒業資格試験のこと)
「はい」
「大学に行くの?」
「はい、そのつもりです」
「将来が楽しみだね」
息子が俯いて、微笑んだ。勉強しろよ、と父ちゃんは思った。



滞仏日記「人間もかもめも一緒だよ、とカイザー髭が息子に教えた」

それにしても、いい話しだった。
巣立ったかもめたちはどうなるのだろう、と思った。
ぼくらは海沿いのレストランで、食事をしながら、語り合った。
「ミーミーたちが飛び立つ瞬間が楽しみだね」
「うん。8月、また来ようかな」
「いいよ。また来よう。運よく、飛び立つ瞬間が見られるかもしれない。でも、凄いことだね、飛び立つって、勇気がいるだろうし、怖いだろうな、最初は」
「でも、怖いというより、今すぐ飛びたいのじゃないかな」
「親の方が心配だろうな」
「パパ、みたいにね」
ぼくらは笑いあった。勉強してくれよ、と思った。

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