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滞仏日記「今日は息子に衝撃的な事実を打ち明けられ、立ち直れない父ちゃんの巻」 Posted on 2021/09/03 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、最近、息子が可愛くてしょうがない。これはいいことだろう。
大げんかをした後、わだかまりは消え、ここのところ、かっちーーーん、もほぼなく、会話は相変わらず少ないけど、なんとかいい関係が続いている。
抜けた、という感じ、親子関係に手ごたえを覚えていた、・・・
長い子育ての闘争期間であった。
とはいえ、ぼくは受験生である息子を持つ親として、今、苦悩も多い。それはまた、夜にでも書くとして、今日は、息子の靴下の穴について、衝撃的な事実を、語りたい。
昨日、鶏肉ソテーの地中海ソースがけ、という新作ディナープレートを夕飯に作って食べていた時のことだ。
「最近どうだ?」
といつものように聞いたら、
「靴下の穴がね」
と言い出した。
「ん?」

滞仏日記「今日は息子に衝撃的な事実を打ち明けられ、立ち直れない父ちゃんの巻」



「靴下の穴?」
「いや、食事の時にする話しじゃないから」
というので、遠慮するな、気になるから言えよ、と言ったら、じゃあ、と言って立ち上がり、自分の足の裏を見せた。
大きな穴があいていた。
「穴の開いてる靴下を履くなよ。悲しくなる」
と告げると、
「もう一足あるけど、そっちもかかとに穴が開いているんだ」
「なぬ? なんでそんなもん履いてるんだ」
「二足しかないから、交互に」
ぼくは驚き、のけぞり、言葉を失った。
「穴あきの靴下しかないのか?」
「開いてなかったけど、最近、開いた」
「他にないのか?」
「ないよ。パパ、この靴下、何色に見える?」
今度はそんなことを言い出した。古そうな靴下だった。
「空色かなぁ。元は、ブルー?」

滞仏日記「今日は息子に衝撃的な事実を打ち明けられ、立ち直れない父ちゃんの巻」



息子は笑い出し、これはもともと白だったんだよ、それが洗濯していたら、こうなって、穴も開いた、と言った。涙が出そうになった。
「パパは、お前にそんな悲しいことをさせるために働いてるんじゃないぞ。靴下くらい百足でも買ってやるから、言えよ」
「相変わらず、大げさだね。でも、さすがにもう限界かな、と思って、今、言っといた」
ぼくは財布からお金を取り出し、手渡した。
ぼくらは手を洗い、再び食事に戻った。
思えば、男親って、こういうところが目が行き届かないのだ。
洗濯は自分でやらせているので、彼が申告しないかぎり分からない。大きな穴が開いた靴下を見せられ、かなり、ショックだった。
「パパ、覚えてる? 10歳の時、パパが、マルシェでサラリーマンの人の4足10ユーロみたいな青い靴下買ってくれたじゃん」
「あ、買った」
サラリーマンさん用というわけじゃないけど、薄手の会社員がよく履くような通勤用靴下だった。安かったので、買ったのだ。
「ぼく、10歳だったからあれ、履くの嫌だった。子供が履くような靴下がほしかったんだ。で、あれがつぶれたあと、この白い、今は空色になった靴下を自分のお小遣いで買ったんだよ。でも、もう、限界だね」
涙が出てきた。ちゃんと見てやっているようで、生活の細部を見てない自分を恥じた。
一生懸命、息子のことをやっているようだけど、お母さんがたのような細かいケアはできてないということだった。男親の限界だろうか・・・くやしい。
反省というか衝撃的な靴下穴あき事件、・・・ぼくはそこから、ちょっと自信を喪失しまっている。
今日は、受験生である息子をどうやって大学まで導くか考える日にしよう、と心に決めた父ちゃんであった。



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