JINSEI STORIES

滞仏日記「両親が日本人のK君と出会い、息子の未来が見えて、ほろっとした父ちゃん」 Posted on 2021/09/16 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今日、息子はユニセフの研修を受けてきた。
ユニセフの青いTシャツを着て戻ってきた。
嬉しそうに、見て、とTシャツを見せつけて言った。
いいね、とぼくは言った。
カトリックの高校に通っているので、ユニセフの活動のお手伝いを受験勉強の合間にするのだそうだ。
彼はそういうことが昔から好きな子だったので、何か感化されたものがあるようだった。
でも、楽しい話しはそこまでで、再び受験のことに話しが戻ると、貝のように口を閉じて黙ってしまった。やれやれ、難しい年頃である。

滞仏日記「両親が日本人のK君と出会い、息子の未来が見えて、ほろっとした父ちゃん」



実は、今日、息子と同じ境遇を生きてきた一人の青年と会った。
昔から彼の存在は聞き、知っていた。ご両親が日本人で、こっちで生まれた青年で、照明技師をやっている。その子はK君という。
彼の妹はA子。ぼくがフランスで映画制作をやりたくて、20年前、あっちこっちの映画業界の門を叩いて時に知り合った。映画「paris tokyo paysage」で助監督もやってくれたのだ。
日系のA子はいつも兄のK君のことを誇らしく語っていた。
「照明技師をやっているんです。もしか、どこかで仕事をすることがあったら、兄なんです。よろしくお願いします」
うちの息子と同じ、親が日本人で、フランスで生まれ、育ち、働いている。
どんな子だろうといつも想像をしていた。いつか会えるだろうとは思っていた。

滞仏日記「両親が日本人のK君と出会い、息子の未来が見えて、ほろっとした父ちゃん」

※ 中央にいる背中向けてる子がK君だ。

地球カレッジ



日本時間の明日、17日、ぼくはパリ日本文化会館の大ホールでライブをやる。
文化会館のホールといって侮ってはいけない。ステージの広さは渋谷公会堂くらいの大きさがある。
多分、こういう施設では欧州でも1,2位を争うくらいの施設である。
ぼくがコンセプトを考えたイベントだけど、ま、演出みたいなこともやらないとならくなり、朗読コーナーの指導のために、会館に出向いたのだった。
日本文化会館といっても、舞台製作をやっているのは全部フランス人だ。
その中にアジア系の子が一人いて、きびきびと動いていた。
朗読をする俳優の子がその子に日本語で話しかけていたので、あ、日本人なんだ、と思った。今風の風貌で、見た感じはヒップホップ系の若者・・・。
しばらくすると、ぼくの近くに来たので、
「君はもしかして、ご両親、日本人?」
と聞いたら、はい、と戻ってきた。
「あまりに流暢な仏語だから、だと思った」
と言ったら、微笑んでいた。
照明の位置や、動き、出入り、細かな指示を出した。
フランス人スタッフの顔をつぶさないように、でも、いちいち気にしていたらまとまるものもまとまらないので、悪いけど、勝手に仕切らせてもらった。
譲り合ったり、遠慮していたら、この国では何もできないのだ。
その時、一番、ぼくの指示に耳を傾け動いてくれたのが、このK君だった。
で、もしかしたら、と、A子のことを思い出したのだ。
「君、妹がいない?」
「はい」
「もしかして、A子じゃない?」
「そうです」
ああ、やっぱり!!! やっと会えたね。

滞仏日記「両親が日本人のK君と出会い、息子の未来が見えて、ほろっとした父ちゃん」

※ 帽子かぶって、偉そうにしているのが、父ちゃん。



フランス人スタッフの中で、一人だけ、皮膚の色の違う子が動いている。
彼は日本語が、うちの息子と同じくらいのレベルだ。
親が日本語をちゃんと教えてきたことがわかる。
彼がいるのでぼくは仏語で指示を出さずにすんだ。K君はぼくの横に張り付き、ぼくの指示を照明部や舞台監督に伝えていた。
俳優の成田ゆみさん、DJのTIGARAHさん、同世代のいいコンビだった。
ぼくの小説の「白仏」の一説を朗読してもらったのだけど、光りと音と声が効果的に客席に届いていた。
K君がいなければ、ここまで細かく、演出を伝えることが出来なかった。(そもそも、ぼくは演出をするつもりなんかなかった。でも、結果的に、このMATSURIというイベントはぼくが考えたコンセプトだし、ぼくがやらざるを得なかったのだ)
そこにK君がいて、日本の心、が通じ合った。



K君がぼくの横に来た時、
「いい仕事しているね」
と言った。
「ありがとうございます。なんとかやっています」
グランゼコールという優秀な大学を出て、その後、バンド活動をして数年間全国ツアーをやっていたのだけど、お子さんが生まれて、照明の仕事についた、のだとか・・・。
家族思いの優しいパパさんなのである。そうか、なんとなく、自分の息子と重なって、目元がウルッとした。
うちの子も、こうやって、逞しくこの国で生きていくのだろう・・・。そうなってほしい。生意気なやつだけど・・・。
「頑張ってるね。日本語も上手だし、一緒に仕事が出来て嬉しいよ」
K君がほほ笑んでいた。
なんか、嬉しいのだ。異国で生まれて、息子が大変だったように、この子もきっと大変だったのだろう、と思った。
でも、いい仲間たちに囲まれ、文化会館で仕事が貰えて、生きている。
「社員? フリーランス?」
「フリーランスです。いろんな仕事をやっています」
「そうか、素晴らしいね。これからも一緒に仕事出来るといいな」
「はい」
A子にすぐに連絡しなきゃ、と思った。(A子に連絡をしたら、超驚いていた)



「OK、素晴らしい。皆さん、ありがとう。本番、よろしくね」
ぼくはそう言い残して、舞台を降りた。
ちなみに、当日の構成は、
第一部、組曲MATSURI、ギターが辻仁成。ダンスが高杉あかね。
第二部、和太鼓サンサンブル、ツルガ、ミゲル、オレリー、えりさん、他。
第三部、朗読、俳優の成田ゆみ、DJのTIGAHRA
第四部、辻仁成グループ、ジョルジュ、エリック、マリオ。
第五部、ソーラン節、全アーティスト参加予定。
という構成になっている。
(組曲MATSURIはぼくのインストルメンタルの新曲です)
チケットは、すでに、満席にならないよう、売り止めをしている。
最大限のコロナ対策を講じているのだ。
久しぶりに人前で歌うことが出来る、ということがいまだ信じられない。

国のルールに従い、ずっと我慢をしてきたことで、コロナをある程度、コントロールできるところまで来たように思う。
フランスの陽性率も1,2%まで下がって、安定している。
フランスは三回もロックダウンを経験し、2020年はギリギリの活動制限の中にあった。
しかし、ワクチン接種率も80%を超え、少しずつ、新しい日常を取り戻しつつある。昔の日常ではなく、新しい日常ね。
でも、まだまだ、終わらない。
衛生パス、マスク着用、ある程度の制限を設け、国の指導に基づき、静かにイベントは行われる。続くコロナとの戦いの中で、このイベントが、人間性復興の一つの道筋になれば、と願っている。

滞仏日記「両親が日本人のK君と出会い、息子の未来が見えて、ほろっとした父ちゃん」

※ 父ちゃんはその後、小ホールに場所をうつし、一人、歌の練習をしているのだった。孤独な戦いは続く
( ^ω^)・・・



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