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滞仏日記「辻家の鍋の季節がはじまる。父ちゃんの誤算」 Posted on 2021/09/17 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、時々、ぼくは息子に愛されているのか、うざがられているのか、なんとも思ってないのか、いったいなんだと思っているのか、わからなくなることがある。
普通の親子(父と息子)って、どんななのか分からないけど、フランスの父と子のイメージって、なんつうか、アメリカ映画みたいに、結構、肩を組んで笑っていたり、仲がいいイメージがあって、先日もママ友のリサから、アレクサンドル君とお父さんのロベルトがアレックスのベッドで仲良く並んで横たわっていて、漫画?を読んでる写真が送られてきたのだけど(ロベルトの靴下に大きな穴があいていた)、ぼくは息子とそんなことしたことがない。
ロベルトは結構、マッチョな父親だから、そういう雰囲気が似合うのだけど、ぼくはご覧のようにロン毛で痩せで小さいから、まず、逞しい父親とその息子という感じにはならない。もしかしたら、息子はそういうところが不満かもしれないな、と思うこともある・・・。



だから、ぼくはぼくなりに、息子の前では相当にマッチョな父親でいようと頑張っているのだけど、残念なことに、限界もある。えへへ。
だから、ま、その溝を埋めるために、父子の絆を強くさせるために、なぜかぼくはたまーに、「鍋」を作るのである。
やっぱり、日本人は鍋で家族の絆を強く保っているのじゃないか、と勝手に思い込んでいるようなところがあり、鍋をつつけば、自然と会話もはずみ、いい感じの父子関係が築けると信じて疑わないところがあって、ま、前置きが長くなったけど、今日は、辻家の鍋といえばここ数年の定番、「ピエンロー鍋」とあいなった。
といっても、本格的なものじゃなく、白菜の間に薄切り豚肉を挟んだだけの、シイタケで煮た、いわゆるちょっと前に日本で流行ったミルフィーユ鍋みたいな感じの鍋なのである。
それをフラー・ド・セル入りのごま油に付けて食べるのだけど、温まるし、美味いのだ。最後にうどんを入れて、身体ポカポカ・・・。

滞仏日記「辻家の鍋の季節がはじまる。父ちゃんの誤算」

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滞仏日記「辻家の鍋の季節がはじまる。父ちゃんの誤算」



で、夜の19時半くらいに鍋の準備が整い、テーブルに鍋セットを運んでいると、子供部屋から出てきた息子が、
「ちょっと出かけてくる」
と、どっかの若大将のような感じで言いやがった。
「は? 夕飯は? 鍋だけど」
「あ、後で食べる」
「後っていつ?」
「今からちょっと友だちに合わないとならないから、その後かな」
「パパは、明日ライブだから、早く寝るけど」
「じゃあ、置いといて、一人であとで食べるよ」
かっちーーーーーん。
鍋を置いとくって、そんな、・・・・もったいない。
うどん、伸びるじゃん。

滞仏日記「辻家の鍋の季節がはじまる。父ちゃんの誤算」



しかし、容赦なく、問答無用で、息子は夜の19時半に出かけてしまった。
ぼくは仕方がないので、一人鍋という情けない状態になり、親子の会話どころの騒ぎではなくなった。
明日には大事なイベントを控えている。しかし、これが現実である。
ご覧頂きたい、この豪華なピエンロー鍋、息子はいないけど、ぼくは一人寂しくもつつくことになる。はー、美味かった。

滞仏日記「辻家の鍋の季節がはじまる。父ちゃんの誤算」



シイタケのダシも最高だけど、薄切り豚肉と白菜をごま油につけて食べると、眩暈が起きる程に美味しいのである。
「美味しいな。我が家の鍋は最高だね」
と父ちゃんは一人ごちた。
十数年前、家族は三人だった。
それが二人になり、
そろそろ、一人になろうかという感じである。
老後は鍋は無理だな、と思ったら、小さな涙が頬を伝い落ちた・・・。



それでも、明日はライブだ。挫けてはいられない。
息子には息子の付き合いがあるので、しょうがない。
しょうがないことをうじうじと考えて、責め立ててもしょうがないので、鍋を美味しく食べ終わったら、息子のための一人用のうどんセットを作って、テーブルの上に置いた。
自分で温めて食べるだろう。そこまでは面倒みきれない。
明日は昼から会場入りし、終わるのが23時なので、家を出る前に息子の夕飯だけは作って、出かけないとならない。
ライブの当日、バタバタするのもよくないので、炒飯とかカツ丼とかこれから作って、サランラップでつつみ、冷蔵庫に入れておいてやろうと思った。



明日、一年半ぶり(?)に人前で歌うのだけど、内実は、かなりのジミーツッチーさんだ。
地味辻である。
ぼくは、思い返すと、輝きになりたい、と25歳の時に歌っていた。
今は、ある意味、4等星くらいのほそぼそとした輝きかもしれない。
でも、4等星は4等星なりに明日は頑張ろうと思った。
おやすみ、皆さん。
みんな、自分の居場所で輝きましょう・・・。

つづく。

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