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退屈日記「鬼辻にどやされ、自分を鼓舞する最高に愉快な方法。鬼辻の術」 Posted on 2021/09/17 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、結局、人間は自分で自分を鼓舞するしかないのである。
これは生きていく上で、もっとも大事なことであろう。
ということで、今日は「自分を鼓舞する術」について、である。

今日は仕事で遅くなるので、朝、息子の夕飯を作ることからはじまった。
しかし、料理をしていると元気になる。
なんでかわからないけど、そこに向かうべき自分の仕事があるからだろう。
心の調子が悪い時はとりあえずメールもSNSもチェックしない、に限る。
これは鉄則である。
で、次にやるのは、自分を鼓舞することだ。
人はなかなか本気で励ましてくれない。他人は本気で心配してくれないから、自分で自分を盛り上げていくしかない。
これは本当のことである。
ぼくは自分を励ます天才だと自負している。
周りに惑わされるな、とまず言葉をここにタイプしてみよう。
「周りに惑わされるな!」



「世の中なんて、言いたいことを言ってくる。それが世の中の仕事だ。人の事情なんて他人にはわからない。だから、そういう無責任な連中の言葉など相手にするな。てめーに何がわかる? で終わらせろ。暇人に構ってる暇はない。うるせーでいい」
か弱いぼくの心の中に実は、鬼の指導員がいる。
時々、出てくる。
名前はまだないけど、鬼辻とでも呼ぶか。
鬼辻はぼくがへこたれてると出てきて、木刀を振り回す。でも、言ってることはもっともなのだ。
「おい、お前」
「あ、はい、ぼくでしょうか?」
「お前だよ。この馬鹿野郎。ここに他に誰がいるんだよ、ボケ。いちいち、体調悪い、とかツイートすんな! ボケ」
「すいません。つい、心折れてましたぁ」
「父ちゃん頑張ってとか、言われたくて書いたろ、てめー」



「すいません。そんな、つもりはなくて、本当にもうダメだって思ったものだから」
「ケッ。どうせ、くだらないことじゃんか、そんなの誰にだってあるわ、ボケ。みんな家事やってんだよ。てめーだけが家事やって大変じゃねーんだよ。みんな朝から晩まで掃除や洗濯や料理してんだよ、同情買うな。くそボケが」
鬼辻の剣幕は収まらない。悔しいけど、だいたい当たっている。
「いや、同情って、ツイッターで自分のことつぶやいちゃだめなんすか?」
「なんだこの野郎、逆らうのかぁ? てめー、ダメに決まってるだろうが。目障りなんだよ」



「でも、ツイートの青いボタンを押すと、薄い字で、いまどうしてる? って出てくるんですよ。だから、体調悪いなぁって書いたんだけどダメでしたか?」
「ボケ、こら、ツイッター社の思惑にのっかって、自分の今をそのまま書く奴がいるか? てめー。いまどうしてる?って、ツイッター開いてるに決まってるだろ。そういう言い訳いちいちすんな」
「いいわけじゃないす」
「お前、お休みツイートとかに、書いてるだろ。八方塞がり美人になるなって。あれはてめーのことじゃん。八方美人だから、てめーが疲れ切ってんじゃんか」
当たってる( ^ω^)・・・
「ち、違います。ぼ、ぼくは」
「ぼくじゃねーよ。61歳にもなって、ぼくとかキモイわ。俺で行け、俺で」
「そんなのぼくの自由でしょ? いちいち、揚げ足とってんじゃねーよ」
言われているうちに頭にきて、うるせー、このボケがぁ、と鬼辻に言い返してしまった。
そしたら鬼辻が顔を真っ赤にしてさらに怒鳴り返してきて、ぼくの弱点をさらした。ここには書けない酷い誹謗中傷だった。で、激しい言い合いになったのだ。
「消えろ、お前なんか消えてしまえ~」
「パパ、大丈夫?」
息子がやって来て、ぼくは我に戻った。
ふー、疲れた。



鬼辻はさておき、ぼくはツイートをしている時も、日記を書いている時も、実は冷静なのだが、仕事と家事が限界を超える瞬間というのがあって、そういう時に、心とか頭がショートしてしまう。
そういう時に鬼辻が出現する。
鬼辻もぼく自身なので、あいつの言うことも実はよく理解できている。
あいつが言いたいのは八方塞がり美人になるな、ということだし、周りを気にするな、ということに尽きる。
口の悪い鬼辻には腹が立つけど、でも、言われた後は結構、すっとしている。
実際、現実問題として、そんな連中スルーしろよって言われても、人間なかなか出来るものじゃない。
無視しとけって鬼辻に言われても出来ない・・・。
( ^ω^)・・・
実際は、時間をかけて、静かにスルーしていく感じがせいぜい関の山であろう。
こうやって日記に書くと、何をスルーすべきか、何を無視するべきかわかってくるので、やはり書くことは大事だ。
それが本当の日記というものであろう。



人間というのは何歳になっても心が折れたりへこんだりする生き物である。
しかし、だいたい鬼辻が言うようにたいしたことはないのだ。
所詮、他人が高いところから偉そうに言ってるだけのことで、生きている人ならみんな身に覚えがあるはずだ。
そういう時は「きたきた」と自分に言い聞かせればいい。
SNSとかで誹謗中傷があったら、「きたきた、くそやろーがきた」でいいんじゃないの? 
鬼辻は絶対、笑いながらそう言うに決まってる。
誹謗中傷する部外者の第三者はぼくの人生にはぜんぜん関係ないところの生き物だから、相手にするだけ時間の無駄なのだ。
ですよね!?
一家に一台「鬼辻」をどうぞ。気合入りますよ。

退屈日記「鬼辻にどやされ、自分を鼓舞する最高に愉快な方法。鬼辻の術」

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