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滞仏日記「二コラとマノンと息子とぼくとそこそこ美味しいピザを食べに行く」 Posted on 2021/09/19 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、近所に住む二コラ君のお母さんから、
「ムッシュ、急なお願いなんですが・・・」
とまたまたまた電話があった。
離婚後、二コラ君のお父さんの方には既に新しい家庭が出来ていたのだけど、お母さんにもやっと、やっとと言っていいのかわからないが、素敵なボーイフレンドが出来たようで、土曜日だからデートに誘われたのだとか・・・、
( ^ω^)・・・
羨ましがる、父ちゃん。えへへ。
で、二コラがならばムッシュ・ドロール(変なおじさん)のところで食べたい、と言ってきかない、というのである。
ある意味、嬉しいわがままでもある。
「いつもお世話になってばかりで申し訳ないのですが・・・」
とかなり恐縮して言われるから、何をいまさら、と笑い飛ばしてやった。
ただ、今日は、残り物を二人で処理する日と決めていたので、さあ、困った。
食材がない。なんにしよう・・・。



地球カレッジ

息子に相談をしたら、
「子供はピザでしょ」
と言うので、近所のピザ屋さんに4人で行くことにした。そう、久しぶりにマノンちゃんもやってくる。
ならば、外食もいいかもしれない。
馴染みのピザ屋さんに4人で行くことにした。家から、その店まで歩いて7,8分という距離だ。なぜか、ぼくらは一列になって、歩いた。
息子とマノンは年齢が近いので、しかも男女だからか、離れている。二コラはぼくに懐いているから、お父さんのような感じで、真後ろに、ひっついている。
この4人、すれ違う人はどういう関係だろう、と思っているのか?
もしかしたら、息子とマノンが同級生で、或いはカップルで、二コラはマノンの弟で、ぼくは、ええと、なに??? 親戚のお爺ちゃん???
「すいません。4人なんですが」
顔見知りの店主(マダム)に言った。
「4人、ここでいいかしら」
角の席に案内された。ぼくらが着席をすると、
「衛生パスを」
と言われ、ぼくと息子とマノンは携帯を取り出し、パスを提示した。
「二コラ、ここは子供もパスが必要なんだぞ。衛生パスがないとレストランで食事できないよ」
と息子がからかった。
二コラがお母さんから譲り受けたという、おさがりの携帯を取り出し、いきなり、ゲームの画面を提示した。
みんな、クスっと笑った。
女将が自分の携帯で二コラの携帯をわざとスクショする真似をした。
「はい、4人とも合格。オッケーよ」
女将が笑顔で言った。あはは。和んだ。

滞仏日記「二コラとマノンと息子とぼくとそこそこ美味しいピザを食べに行く」



今までとちょっと変わったことがあった。
息子もマノンも二コラも、携帯をずっと覗いている。
最近、どう? と質問をしても、うん、と呟くだけで、前みたいに話に乗ってこない。
息子が二人増えた感じ・・・。
しーーーん。
ずっと携帯を見ている。
「何、見てるの?」
マノンに訊いてみた。
「チャット」
「へー。二コラは?」
「ゲーム」
息子もチャットである。手持無沙汰な父ちゃん。
仕方ないから、ぼくもツイッターを覗くことにした。
みんな携帯の小さな画面を見て黙っている。不思議な集団である。
ピザが届いたので、一応、携帯はやめなさい、とぼくは指導した。
息子は「レジーナ」、二コラが「マルガリータ」、そしてマノンが「ブラータチーズのサラダ」と「トリュフ・クリームのピザ」を頼み、ぼくは「シーザーサラダ」とプロセッコにした。
マノンのピザをちょっと分け合うことにした。
彼女にぼくのサラダもあげて・・・。
ちょっと会ってなかったからか、マノンが、すっかり大人になっているのがちょっと驚きでもあった。
うっすらと化粧をしている・・・。
二コラはまだそんなに変わらないけど、女の子の成長は早い。
そして、驚いたことがもう一つ。
二コラの行儀を注意したり、携帯をちょっとお皿から離したり、彼のコップに水をさっとついだり、一番驚いたのは、ピザの油がついた二コラの顎先をセルビエット(ナフキン)でちょちょっと拭いてやったり、まるで、お母さんのようだった。
「マノン、お母さんみたいだね、二コラの」
と告げると、まんざらでもないみたいで、くすっと微笑んでいた。
成長したんだ、この子は、と思った。



両親が離婚をし、その二つの家を毎週、二人で行き来している。
マノンが二コラのお母さんの役割をしないとならない時もある。
しかも、母親にもついに彼氏が出来、今日のように、不意にムッシュ・ドロールの家に預けられることになるのだから、二コラの面倒はマノンが誰よりもやっていることになる。
「えらいね」
とぼくが言うと、マノンは小さくかぶりをふった。
かと思うと、食べ終わった二コラが、マノンのピザを勝手にワンピース横取りしたので、喧嘩が始まったり、そこはまるで昔のまんま。子供と大人の中間・・・。

滞仏日記「二コラとマノンと息子とぼくとそこそこ美味しいピザを食べに行く」



ぼくの横に座っている息子が、
「二コラ、君はいつまでも子供だな」
と皮肉を言った。
「でも、ぼくはいつまでも子供でいたいんだ。大人になりたくないし、本当なら、学校にも行きたくないし、もっと言うと、家にもいたくない」
と二コラが反論をした。
「じゃあ、生きていけないだろ」
と息子が笑うと、
「ぼく、ムッシュ・ドロールの家で暮らしたい」
と言い出した。

滞仏日記「二コラとマノンと息子とぼくとそこそこ美味しいピザを食べに行く」



「なんで?」と息子。
「だって、ムッシュはあれしろこれしろって言わないし、美味しい料理作ってくれるから」
だって。
あはは、と笑った。
「バカね、それはムッシュがあなたの親じゃないからよ」
とマノンが言い、
「あのね、君がうちで暮らすようになったら、パパは優しいムッシュ・ドロールじゃなくて、世界一怖いムッシュ・ディアーブル(悪魔のおじさん)になるんだよ。宿題やらないと頬っぺたパシーンって叩かれるよ。ぼくは君くらいの時、勉強しなかったら、真夜中に家の外にパジャマのまま、放り出されたんだ」
「ええええ? そんなに怖いの?」
ぼくはわざと怖い顔をしてやった。
\(^_^)/



二コラは、顎を引き、視線をそらしてしまった。
みんな、大笑いだった。
「嘘だよ。怖くはないけど、でも、いつまでも子供ではいられないんだ。人間はいつか大人にならないとならない。だから、少しずつ、大人になっていこうね」
と優しく教えてあげた。
夕飯が終わると、ぼくと息子は彼らの家の前まで、2人を送り届けた。
マノンが鍵を取り出した。
「メルシー、ムッシュ」
「メルシー、ムッシュ」
2人はそう言い残して、家の中へと入っていった。
もう、お泊りに来ないでも、やっていける年齢になったということだ。
「さ、帰るか」
ぼくはそう呟き、息子の肩をぽんぽんと叩いて、歩き出した。会話はなかったけれど、なんとなく、心温まる夜になった。
夜と言っても、まだ、うっすらと明るかったのだけれど・・・。

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