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滞仏日記「NHKBSのボンジュール、辻仁成の秋ごはんの撮影が終わった」 Posted on 2021/10/08 辻 仁成 作家 パリ

地球カレッジ

某月某日、今日、NHKBSの「ボンジュール、辻仁成の秋ごはん」における、自撮り撮影部分と、ぼくの全出演部分の撮影が終わった。
東京で待ち受けているディレクターの西山義和さんに「これでぼくの分は終わりました。あとは編集頑張ってください」とメールを送った。
放送日が迫っているので、プロデューサーのLさんをはじめ、編集チームの方々はここからが大忙しになるだろう。
春ごはんとはちょっと違うものになったとは思うけど、さぁ、どうなるだろう。ぼくには伝えたいことがあったが、それが皆さんにどう伝わるのか、愉しみでもある。
結果は、放送を待つしかないけど、この撮影があったおかげで、ぼくはちょっと救われたことがあった。そのことは最後に語ることにする・・・・。

滞仏日記「NHKBSのボンジュール、辻仁成の秋ごはんの撮影が終わった」



「春ごはん」はロックダウンの時期に撮影をしていたっけ。
いきなり始まったパンデミックの中で、息子を育てながら、フランスで、生き抜く中で感じたことを、自撮りを中心にドキュメントした番組になった。
たしか、春ごはんは、手探りで2月に撮影を開始し、5月30日のセーヌ川ツアー&ライブまでの自分を見つめるドキュメンタリー的な番組になったのだけど、今回は9月の頭から今日までだから、わずか一か月程度の短い撮影期間だった。
コロナ禍はまだ続いているけれど、春よりは、ずいぶんと落ち着いてきたと思う。
今日現在のフランスのワクチン接種率は85%になっており、ぼくの周囲でコロナになった人はほぼいなくなった・・・。



短い撮影期間だったけれど、いろいろなことがあった。
思春期の息子と激しくぶつかり、ぼくは寝込んだし、その息子はついに高校三年生をスタートさせることになり、予備校(日本のとは意味が違う)にも通いはじめ、将来の進む道も、だいたい見えてきたようだ。
ぼくの田舎生活も軌道に乗り始めたし、その一方で「日本祭り」と題する有観客ライブをやり、主催するオンラインスクールの地球カレッジが一周年を迎えたので、パリを出て、プロバンスまで赴き、そこから生中継をやり、絶版になった自著を救うべく電子書籍の部門を立ち上げ、やはり主催する新世代賞の5回目の募集がスタートし、62歳の誕生日にはパリ市内を大型バスで巡るツアー&ライブもやり、その直後にぼくは大事な友人の魂の出奔という思いがけない悲しみにも見舞われた。
これは、僅か一月の間にぼくの身に起こった出来事だが、ほぼその過程をぼくはコツコツ自撮りしてきた。(もちろん、ライブなどはカメラマンさんが撮影)
秋ごはん、というくらいだから、もちろん、秋満載の料理も作ったし、ともかく、コロナを忘れるくらいの速度で駆け抜けて、・・・その結果、今は、もぬけの空の状態である。

滞仏日記「NHKBSのボンジュール、辻仁成の秋ごはんの撮影が終わった」



亡くなった写真家の七種諭(saikusa satoshi)は、日本に戻って二週間の隔離の最後の日(9月28日)にその隔離先で亡くなったことが今日、分かったのだけど、ぼくはそれ以上、知りたくない、とそのことを知らせてくださった人に伝えた。まだ、知りたくない。
あいつが死んだことの、その意味が、だんだん、少しずつ分かってきて、今日はずっと、空ばかりを見ていた。
諭は、ぼくがパリで生きていく上での一つの目標だったし、どこか同志のような存在だったし、うまく言えないけど、たまにしか会わないけど、会った後はやる気になったし、そういう存在でもあった。
だから、なんだか、ぽっかり穴があいた感じだ。
でも、人間はみんな有限なので、早いか遅いかの違いでこの世界とはいずれにしても、グッドバイをする。
つまり、心の震えも、いつか時間が解決してくれる。

滞仏日記「NHKBSのボンジュール、辻仁成の秋ごはんの撮影が終わった」



母親を亡くし、自殺したいと言っていた美容師のシモンと5日、道端でばったり出会った。あんなに絶望していたのに、彼は微笑んでいた。
諭が死んだことを聞かされた日のことだ。
「ぼくは今日、誕生日なんだよ」とシモンが言った。「ああ、ぼくは昨日だった」ぼくらは、笑顔で、おめでとう、と言い合った。
もう大丈夫そうだな、と思った。彼は立ち直っていた。
シモンを回復させたのは、時間、という妙薬であった。
きっと、友人の死も、まもなく普通になっていく。
いろいろなことが押し寄せてくるので、ぼくはその濁流の中で、悲しみを見失っていくのであろう。
自分が溺れないように泳がないと流されてしまうからだ。
諭は彼を愛した人たちの心の中で生き続けるだろう。生きているもののそれが役目なのである。諭、ぼくは先へ行くよ・・・。

滞仏日記「NHKBSのボンジュール、辻仁成の秋ごはんの撮影が終わった」



今日、ぼくは自分の携帯で、空の動画を撮影した。
綺麗なパリの夕景であった。
この撮影という仕事があったことで、ぼくが救われたと思ったのは、自撮りすることで、壊れそうな自分(ぼくは疲れからか、数回寝込んでいる)を必死で保つことが出来たからだ。NHKの番組のための撮影だとは分かっているけど、ある時から、この自撮り撮影は、ぼく自身がいま、どこへ向かおうとしているのかを知るための人生の羅針盤となった。
友を失った時、ぼくは持っていたカメラでその時の悲しみを撮影した。
それが使われるとは思わないけれど、写真家はきっと、ある時から、意味を探さないで人物や風景と向き合っているのじゃないか、と、思った。
この限りある世界で、ぼくは限りない人生を生きる、と誓う。

滞仏日記「NHKBSのボンジュール、辻仁成の秋ごはんの撮影が終わった」



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