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退屈日記「朝、パンを買いに行く道すがら、後悔のない人生を考える」 Posted on 2021/10/15 辻 仁成 作家 パリ

地球カレッジ

某月某日、昨日の夜は、ランチ会で出した料理の残りを残さず処理して楽しい夕飯になった。残ったホタテや酢飯でチラシ丼を作ったのだ。綺麗に余すところなく食材を食べつくす時にも小さな喜びがおこる。
「あ、美味しかった。ご馳走様」
と手を合わせて、感謝をする。

退屈日記「朝、パンを買いに行く道すがら、後悔のない人生を考える」

田舎はよく眠ることが出来るし、一日がものすごく長く感じる。人生を得した気分になる。
都会は、忙しいし、あっという間に一日が過ぎてしまう。
電磁波のせいなのか、とにかくパリは眠れない。
田舎は爆睡が出来る。
素晴らしいことである。
その上、高級レストランや高級ブティックとかないから、お金もかからない。
マルシェは「持ってけ泥棒」なくらい、何もかもが安い。
タダ同然のものもある・・・。
ただ、民家はあるけど、夏の家が多いので、人の気配がない。
玄関出たらカフェがあるという賑やかさもないので、寂しいのが苦手な人には無理かもしれない。
夜は真っ暗で、怖いくらいだ。
ぼくは今のところ、この静かな生活が性に合っている。ここからは、のんびり生きてやろうと思っている。



あと、嫌なことから遠ざかることが出来る。ここにいると、携帯をあまり見ないからか、気分の問題だろうけど、パリや東京で起こっていることから、距離を持つことが出来る。離れているから、自分らしさを取り戻すことが出来る。
世界や社会から離れたい時に田舎はとっても心に優しい。
ストレスがゼロになったら、再びパリを目指す、という生活・・・。
今日は、早起きをしたので、パン屋にクロワッサンとバゲットを買いに、出かけた。
散歩をするような気分で・・・

退屈日記「朝、パンを買いに行く道すがら、後悔のない人生を考える」

※ 唐辛子の鉢植えを見つけ、新たな世界に出会えた感動を覚えた。



退屈日記「朝、パンを買いに行く道すがら、後悔のない人生を考える」

※ 可愛いプードルに出会って、感動を覚えた。

坂道を下りながら、ふと、頭を過ったのは、『立つ鳥跡を濁さず』という言葉であった。
立ち去る者は、自分が元いた場所を見苦しく汚さないで、きれいに始末をしてから立ち去るべし、
という戒めなのであろう。
これができない人は、いつか、後悔に明け暮れるということになるのかもしれない。

最初はみんなハッピーなのだ。
出会いはきれいな部分しか見せない。勢いのせいもあって、実はあまり見えてないのかもしれない。
見えてないものを本質と呼んでもいいのかもしれない。

曖昧な物事というのはいつか終わる。
しかし、人間というのはその最後の最後にこそ、その人間の品格なり、すべてがにじみ出るわけである。
後悔をすることもある。
しかし、それは悪いことじゃない。後悔のない人間なんかいないのだから。
しかし、どこで後悔をするか、が大事になってくる。
すべてを失った後で後悔するのはちょっと辛い。
飛び去る前にすべてを清めて、感謝を持って、飛び立ってこそ、の一生だったりするのかなぁ、と思った。
坂道の途中で、輝く世界を眺めながら・・・

退屈日記「朝、パンを買いに行く道すがら、後悔のない人生を考える」



気に入らないとか、自分の欲望にまかせて、世話になった人や場所を汚すだけ汚して逃げるように、そこを去るのは人として失格かもしれない。
失格とは品格を失うことだ。

急がないことがまずは一つの得策かもしれない。
不満があっても結論だけを追い求めないこと。
結論とは無理やりに結んだ論でしかないのだから。
そのような決着はつまらない。答えなんか、そもそも、ないのだから・・・。

正義ってものは、社会の数だけ、国家の数だけ、人の数だけある。
今の世の中、誰もが正義を口にしている。

人間として大事なことは、そこを離れるときに、揉めないことであろう。
相手を汚さないこと。
この世界に唾を吐きかけないこと。
しかし、意外と難しい。
なぜなら、自分は常に正しいと誰もが思いがちだからだ。
相手の立場なんか何も考えないで・・・。

プライドもわかる。負けず嫌いも素晴らしい。
しかし、引き際を曖昧にせず、見事に難題を解決して静かに飛び立つことができた時、はじめて人は生きる意味を自覚するのかもしれない。

立つ鳥跡を濁さず、という哲学を肝に銘じて生きていきたいと、パン屋の前で思った。
「ボンジュール」
店員さんが、ぼくに笑顔で告げる。
「ボンジュール」
朝一番に会ったのは若い女店員さんであった。

生まれて死ぬまでの一生の中で、人は何度か飛び立つべき瞬間に見舞われる。
その時に、濁さず、汚さず、忘れずに、立ち去ることができたらいいな、と思った。
そうだ、人生の後始末、が大事なのである。

敵なんか、もしかしたら、いないのかもしれない。
もし、いたとしてもそれはたいした敵じゃないのだ、と自分に言い聞かせみるといい。
ぼくはクロワッサンを指さして、
「これを一つください」
と言った。
 

退屈日記「朝、パンを買いに行く道すがら、後悔のない人生を考える」

※ ここのクロワッサンに、毎回出会うたび、感動を覚える。



退屈日記「朝、パンを買いに行く道すがら、後悔のない人生を考える」

※、それにしても残りものは美味い。感動した。今日も頑張ろう!!!

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