JINSEI STORIES

滞仏日記「一難去ってまた一難。今度は台風で屋根が飛んだ!!!」 Posted on 2021/10/23 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ゴロゴロしていたら、携帯が鳴った。めっちゃ、嫌な予感がした。
というのは、だいたい、ゴロゴロしている時に、いつだって「大変」がやって来るからである。
ぼくは毎日、なんでこんなに大変が降りかかって来るのか、全く理解できないのである。
毎日、愛読しているという東京の編集者さんから、
『辻さんって、永遠の厄年みたいな人生ですよね。ブログがあまりに悲痛過ぎて、思わず読んでしまうんです。しつれいだと分かっていながら、毎回、爆笑で・・・』
というメール。
思わず、握りしめたマイクをひねりつぶしそうになったけど、ぐっと我慢のお父ちゃんであった。
で、仕方なく、鳴りやまない携帯を掴んで、あろー(hello)、と言ってみた。
「あろー、ムッシュ、ツジ~?」
フランス人のマダムである。
結構、年配の、落ち着いた感じの声だった。
どうやら、大変な事態ではなそうだ。
「ういーー、どなた?」
すると、女性が名乗った。
おおおお、ハウルの魔女さんだ!!



「ハウルの魔女」さんについて、知らない人のために説明をしておくと、ぼくの田舎のアパルトマンの下に住んでいるマダムで、ご主人は「カイザー髭」さんという。
もちろん、あだ名で、ちゃんとした名前がある。
なんで、ハウルの魔女さんかというと、宮崎駿さんの映画「ハウルの動く城」に出てくる荒地の魔女さんにそっくり・・・。
ハウルの魔女というあだ名をつけてしまい、定着した。←、勝手に、定着・・・。ごめんなさい。
「あ、はい、ぼくです。どうされましたか?」
「それが、屋根が飛んだんです」
ん? ぼくは、一瞬、携帯を切った方がいいのかな、と思ったのだけど、そうもいかず、
「というのは・・・?」
とおっかなびっくり聞いていた。
「一昨日、台風(トンペットという、暴風雨のこと)がきたのご存じでしょ?」
そういえば、一昨日、パリ周辺ももの凄い嵐に見舞われ、近所のカフェのテラス席が壊滅的状態になっていた。
ぼくの田舎はイギリス海峡に面しているので、翌日のニュースでかなり被害が出たと、司会者の人が言っていたっけ・・・。
他人事のようにニュースを聞いていたことを後悔した。
「飛んだ?」
「飛んだのよ。煙突が下のジャルダンに落下したの」
「煙突が?」
煙突って、うちのキッチンの柱が、その煙突なんですけど・・・・。

滞仏日記「一難去ってまた一難。今度は台風で屋根が飛んだ!!!」



「たまたま、その日、私たちがそこにいたんだけど、もの凄い爆音で、建物が揺れて、なんたって、築160年ですからね、屋根が飛ばない方がおかしい」
「ちょ、ちょっと待って、屋根って、屋根裏部屋のうちの上に広がるあの屋根のことですか?」
建物は各階、一家族がオーナーで、屋根裏部屋は全部、辻家のアパルトマンなのである。
その屋根が飛んだって、ことは、・・・その下にある我がアパルトマンは???
「ええと、まだ理解できないのですけど、うちの天井の上に広がる屋根のことですね?」
「ええ、そうよ。昨日、丘の頂上まで登り、望遠レンズで確認をしたら、広範囲で屋根が吹き飛んで、地肌が見えていた・・・、煙突は先端がボキっと折れて、ジャルダンに」
「ええええええ?」
やっと何が起こったのか、事態を理解した父ちゃんであった・・・。最悪じゃんか!!

滞仏日記「一難去ってまた一難。今度は台風で屋根が飛んだ!!!」



ハウルの魔女のうしろで、カイザー髭が、ごちゃごちゃ言ってる。
ぼくはパニックになった。
でも、日曜日に、俵万智さんとの地球カレッジがあるので、飛んでいきたいけど、行けないのである。
「あの、ぼくの家、どうなってるんでしょうか?」
天窓が、どうなったか、めっちゃ、心配、というか、全部心配である。
「さあ、わからないけど、風雨が激しかったから、屋根の中も水浸しかもしれないし、とにかく、その時のこの周辺の写真を拾ってるから、送るわ。海岸に津波みたいなのが押し寄せて、・・・」

地球カレッジ

滞仏日記「一難去ってまた一難。今度は台風で屋根が飛んだ!!!」



「や、ぼくはちょっと今、田舎に行けないのですけど」
「あらら、困ったわね。いつ来れる?」
「予定はないです」
「私たちは、今日帰る。早くチェックに行った方がいいわよ。雨漏りしているかもしれないし、水浸しかも・・・」
「えええええ? 買ったばかりなのに。屋根がない????」
すると、カイザー髭が携帯を奪い取ったようで、いきなり、野太い声がした。
「いや、ツジさん。これは自然災害だから、屋根は保険が適用されるので、週明け、保険で応急処置をします。ただね、あなたのアパルトマンの被害状況は自分で確かめ、被害があるようならあなたの保険会社に連絡をしないとならないから、出来れば、仕事を休んでも、行った方がいい」
はー。そんな・・・。
一難去って、また一難である。
何で神様はぼくにばかり、こういう仕打ちを与えるのであろう。

滞仏日記「一難去ってまた一難。今度は台風で屋根が飛んだ!!!」



「とにかく、週明けまでもう雨が降らないことを祈るしかないよ」
カイザー髭が言った。
「そうですね。仕事を調整し、田舎にいきます。誰か、いないんですかね?」
「一人、地下に住んでるのがいるから、あいつに屋根の工事には立ち会ってもらうけど」
ああ、プルースト君のことだ、と思った。一階のフランケンご夫妻の長男で、30年くらいあそこに引きこもっている、謎のおじさん・・・。
「連絡先、知ってるかい?」
「いや、知りませんが、教えてもらえますか?」
「わかった。明日か明後日にでも、SMSさせるから、といっても、彼は引きこもってるからね、なかなか返事がないんだ。正確にはうちのアパルトマンには住んでないし、隣接するジャルダンの掘っ立て小屋の地下にいるんでね」
なるほど・・・。とにかく、プルースト君から、その後の状況を聞くしかない。ぼくが田舎に行けるのは早くて、火曜日か。
今さら断れない重要なミーティングがある・・・。
いや、どっちが優先事項であろう・・・。
やっと手に入れた、田舎のアパルトマンだが、今現在、どのような状態なのか、わからないのである。
窓も強風で結構、普通に開いちゃうので、もしも、台風のさ中に窓が開いていたら、家の中も壊滅的な状態かもしれない。
買ったばかりの白いソファとか、ベッドとか、・・・ぐぐぐ・・・ぐちゃぐちゃ?
全てが破壊されているかもしれないのである。
あゝ,無情なり。

つづく。

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