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滞仏日記「そして、ぼくは家飯しなくなり、一人で外食をするようになった」 Posted on 2021/12/03 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、まぁ、子供も大きくなると、小さかった頃のように、家族で楽しくご飯という感じではなくなる。
受験問題が引き金となり、冷戦期の父子は、一緒に食べることもなくなった。
会話がないのに、無理して一緒に食べても美味しくないし、楽しくない。
それに、昨日もちょっと書いたけど、ぼくは食が細くなったので、息子のがっつり飯を一緒に食べるのはきついし、夜は晩酌のお供程度で終わらせることが多くなったので、ますます、家飯から遠ざかるようになった。
今現在は、田舎におり、ぼくは外食、息子はパリの家でぼくが予め用意しておいた出来合いの料理を解凍したりしながら、それぞれ、別れ飯、となっている。
なんとなくだけれど、このまま、このスタイルがずっと続くのだろう。
来月、14日、息子は18歳になるので、フランスでは成人、そこまで育てられただけで自分の役目はまっとう出来たかな、と、今はゴール直前のマラソン選手のような心境にあるのだ。はいはいはい・・・。

滞仏日記「そして、ぼくは家飯しなくなり、一人で外食をするようになった」



秘書の菅間さんが急逝し、心にぽっかり穴が空いたぼくは、ちょっと鬱っぽく、昨日も眠れなくて、そのおかげで、今日はぼろぼろなスタートとなった。
いろいろな人が菅間さんの死を聞きつけて、連絡いただくのだけど、返事をする気力もなく、「すいません、ご丁寧にありがとう」とだけ、戻している。
もちろん、息子にはまだ伝えてない。
なので、田舎の家で料理をする気にもならないので、連日、外食している。
パリでも、そんなわけで昼間は外食、夜も、不良中年の国虎の野本氏や飲食関係の仲間たちの店を梯子して、騒いでいる。
「辻さん、もう飲むのやめなよ」とか給仕さんに言われながら、「ボンゴレなめとんのかぁ」と「あのねのね」の歌みたいなセリフ吐いて、アルコールの力で心を宥めている。
そんな鬱っぽい日々を支えてくれるのが「外食」だ。
ぼくは料理が好きだから、たいがいのもの、寿司とかも、作れてしまうから、実は、外でお金を使ってまで食べたいという飯となかなか出会えない。
ぼくが外食をするのは、手間暇がかかりすぎて自宅での再現が困難なもの、が多い。
たとえば、オペラ地区にできた福井の蕎麦屋さん、とか、鰻の野田岩パリ店とかには、たまに顔を出す。
さすがに、鰻や蕎麦は手間暇かかるし、自分では蕎麦を打つのは大変過ぎて、こういうものは、職人技だからこその、外食の有難さがある。

滞仏日記「そして、ぼくは家飯しなくなり、一人で外食をするようになった」



たとえば、モロッコ料理のクスクスとかタジンとか、家でもできるけど、大人数でワイワイやるのがおいしい料理というのも、外食向きだ。
先日は、映像仲間たちを集めて、モンパルナスのシェ・べべールでクスクス三昧となった。暴力的な量なので、数人で食べる方が圧倒的に楽しく、これはもう、外食しかない。
17ユーロのランチで十分。
こんなにたくさんの野菜やお肉やクスクスが食べられるのも、これを再現するときの手間暇を考えると、超絶に楽でうれしい。
外食のいいところは、例えば、モロッコ料理などに付いてくるスパイス、アリッサなんかが市販のものじゃなく、手作りだったりするので、まず、そこらへんに、感動している。
唐辛子ペーストは国ごとに、微妙に作り方が違うので、そういうのを覗き見出来る外食は、いい勉強にもなる。

滞仏日記「そして、ぼくは家飯しなくなり、一人で外食をするようになった」

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滞仏日記「そして、ぼくは家飯しなくなり、一人で外食をするようになった」

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フレンチ料理はすそ野が広すぎて、たとえば、カフェとかで食べるフレンチは美味しいのだけど、まず、一人だと落ち着かないし、繊細さがなくて、しかも、量が半端なく多いから、ぼくのような食の細い日本人のひとりものだと手も胃袋も出ないので、ぼくはあえて、ちょっと高級店がやっているランチタイムメニューを狙って、出かけることにしている。
知り合いの星を持ってるフランス人シェフに連絡をし、「一人だけど」と伝えて、カウンターの端っことかで、食べさせてもらっている。
息子には申し訳ないけど、もう、父ちゃんは62歳だし、少しくらい贅沢をしても許してください。笑。
と言っても、美味しいワイン一杯飲んで、3500円くらいの予算だ。
日本の友人に話すと、フランスの星付きレストランで、前菜、メイン、デザートで、そんなに安く食べれるの、とよく驚かれるけれど、答えから言うと、可能・・・。
ぼくのことをシェフだと思っているシェフもいて、融通もきく。笑。ま、人間力ということで・・・。

滞仏日記「そして、ぼくは家飯しなくなり、一人で外食をするようになった」

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フランスのレストランって、観光客相手の店と、地元民に愛される店とに分かれる。
ぼくはレストランを嗅覚で探すのがとっても得意。
スペインやイタリアに行っても、路地裏にあるガイドブックにさえ載ってないような店を見つけて、地元民で溢れる店内のど真ん中で、地元民のような顔をして、言葉も話せないくせに、永遠と飲んでいられる器用な性格だから、美味しいものに到達できるという寸法だ。
その上、厨房まで入っていって、「めっちゃ旨いっす、ムーチョグラシアス」とかお土産を残して出るものだから、二度目に行くと、覚えていてくれて、特待遇受けちゃう。
そういう店があちこちに出来てしまった。
そこで学んだ料理を、パリの自宅で再現していく中で、「パリで食べるスープ」のような本が生まれてしまうのであーる。一挙両得? 
昨日、NHKBSの「ボンジュール、冬ごはん」のプロデューサーことおなじみLさんが「父ちゃんのトンジルー(豚汁)」を作ったようで「美味しかったー」とお褒めの言葉を頂いてしまった。
あの「トンジルー」もティムート胡椒を、パティシエの人に教わり、いろいろと試したら、味噌と相性がいいことが分かり、そこにバターとフヌイユ香を加えて、ジャガイモを抜いて作ったら、自分でも驚くうまさになった。自画自賛? やれやれ・・・。
ぼくは料理人じゃないから、こういうことを商売っけ抜きで、道楽として、楽しんでいる。外食は、つまり、道楽研究家の取材みたいな愉しみもあるのだ。

滞仏日記「そして、ぼくは家飯しなくなり、一人で外食をするようになった」



今日は、パリから数百キロ離れた田舎で、めっちゃ凄いデザートと出会った。
チョコレートのムース系ケーキの上になんと、シャンピニオン・ド・パリ、ようはマッシュルームのスライスが載っていて、これが「森林感」半端なく、この人、天才とか、思ってしまった。超感動~。
もちろん、そこのシェフやパティシエさんとも、すでに、友人。前々回、行った時に意気投合して、自宅まで遊びに行っちゃったもんねー。
そうやって、美味しいん坊の仲間がどんどん増えていく。外食は終わりのない食の旅なのであーる。

つづく。

滞仏日記「そして、ぼくは家飯しなくなり、一人で外食をするようになった」



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