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息子のための料理教室「人生を立て直すための、偉大なるコロッケ」 Posted on 2021/12/04 辻 仁成 作家 パリ

ぼくは「もうダメだ」と思うことがよくある。
そういう「もうダメだ」から回復するためにまずぼくがやるべきことは日常の中から、「何かに打ち込むこと」を探し出すことなのだ。
たとえば、コロッケを揚げるとか、・・・そういうこと。



じゃがいもを塩で茹でて潰して、ひき肉を炒めて、塩胡椒、白ワイン、醤油、砂糖で味付けし、じゃがいもと混ぜて、握って綺麗なコロッケの形にして、小麦粉はたいて卵を潜らせ、パン粉に付けて、フライパンに油を入れて熱し、そこで揚げるだけなのだから、余計なことを考えなくていいし、何よりも、このコロッケづくりの工程の中で、無になることが出来る。
人間って、何かに向かっていくことの中で、自分を取り戻せる動物でもあるので、コロッケ作りくらい適したものはない。
特にぼくはよく家事や人生に疲れて鬱っぽくなるので、そういう時は単純作業がいい。
わかるだろ?

息子のための料理教室「人生を立て直すための、偉大なるコロッケ」



コロッケのいいところは、ご馳走じゃないけど、シンプルに美味しいということだ。
そして、あの「サクサク」である。
この「サクサク」感は人生に疲れたぼくのようなオヤジにとっては有難い味方になる。
コロッケを噛むと、サクッ。そのサクッが生きるを応援してくれる。
サクッサクッと二度噛めばもっと頑張ろうという気持ちが湧いてくるじゃないか!
ジャガイモを潰したり、小麦粉をはたきながら、きっと、ぼくはぼくを宥めているのに違ないない。
人生はそんなものだ。
今のこの地道がいつか、君を幸せにする。
だから、今は余計なことは考えないで、コロッケを作ろう。
そうだ、それがいい。
シンプルライフイズベストである。

息子のための料理教室「人生を立て直すための、偉大なるコロッケ」



あと、めっちゃ大事なのがキャベツの千切りである。
コロッケにはこれ以外のものを添えてはいけない。
コロッケには千切りキャベツ、これは昔からなぜか決まっているし、なぜなのか、と問いただしちゃいけない。
コロッケには千切りキャベツしかない。
思い込むことが幸せ行きの切符になる。

上手に揚がったコロッケのサクサク感とちょっとみずみずしいキャベツのシャキシャキ感は無敵なのだ。
キャベツはマヨネーズでも、オリーブオイルでも、胡麻風味ドレッシングでも、ただの塩だけでも、美味しい。
大量にキャベツを盛って、味変しながら、食べるとなおいい。
シャキシャキのキャベツに飽きたら、コロッケでサクッサクッとやるのが格別だし、コロッケに飽きたらまたキャベツに戻る、という醍醐味もある。
ただそれだけのことなのに、人生のイライラが解消されていく。



生きていると、なんで自分ばっかりこんなに苦しいんだ、とか、辛いんだ、とか、差別があるんだ、と思いたくなるものだけど、そういう時に、このコロッケとキャベツの最強コンビが助けてくれる。
黙々と作ることである。
上手に作ろうとか、極意とか一切必要ない。
ただひたすら丁寧に拵えていけ。
そして、一つ一つ自分を仕上げるように揚げていけ。
キャベツはスライサーを使わないといけない。
超薄切りのキャベツじゃないとシャキシャキっとはならないから、スライサーにキャベツを押し付けながら、何だ馬鹿野郎、負けるもんか、と歯を食いしばって作っていけ。
そうして出来たキャベツをこれでもかというくらい皿に盛り付けるべし。
そして、そのキャベツの山にコロッケを並べる時、ぼくは人生の至福を味わうはず。
なんて、素敵なんだ、なんて、人生は美しいんだ、と思うはずだ。
丁寧な仕事をやり遂げた満足感も得られるだろう。
さあ、食べよう。
余計なことは考える必要はない。思いっきり、齧りつけ。思いっきり噛みしめろ。
ホクホクでサクサクのコロッケを食べることが、人生を何度も救う。
大丈夫だ、そのおいしさが分かるなら、ぼくは再び立ち直ることが出来る。
人生を豊かにするコロッケ、食べてみろ。
よし、じゃあ、今日もまた喰うか、ひとなり!

息子のための料理教室「人生を立て直すための、偉大なるコロッケ」



材料;じゃがいも(皮を剥いて正味)500g、ひき肉120g、玉ねぎ半個、白ワイン1/2カップ、塩胡椒、醤油小さじ2、砂糖小さじ1
(衣用)卵1個、小麦粉、パン粉適量



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