JINSEI STORIES

滞仏日記「ニースと言えば、サラダ・二ソワーズ。しかし、ほんものは違った!」 Posted on 2021/11/24 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、朝、dancyuの植野編集長から、拙著「パリの食べるスープ」の増刷が決まった、という知らせを受けた。
この冬の時期に、スープで温まってほしい、と思った。皆さん、ありがとう。

ホテルの朝食会場でピエールを見かけた。彼の前に座った。
「ツジー、眠れた? 大丈夫か?」とピエール。
「ああ、なんとか。気がまぎれて、ここにいて良かったな、と思うよ」とぼく。
親しい友人の旅立ちで落ち込んでいるのを彼はもちろん、よく知っている。
今日はニース観光局のアンヌさんに事情を話し、シミエの円形闘牛場跡の視察はキャンセルさせてもらった。
昼少し前に、マルシェで合流することにして・・・。
そこから、話しは子育ての難しさへと脱線し、最後はフォークを2人で握りしめて、いつまでも、子供のことで悩んではいられない、で一致した。
「ま、気長にやるのがいいよ。なにしたって生きてはいけるし」
「だから今は、もう、口はきいてない」
「いいんじゃないの。男の子は余計なことを言わない方がいい、なるようになるし」
「そうなんだよ、教育とか子育てって言葉はぼくを殺す」
「その通り、親だって生きなきゃならない。そうだ、今日は歩こう。旧市街を案内してやるよ。可愛い街だよ」
ということで、午前中、ぼくらは旧市街をあてもなく散策することになった。
子育てとか、生きることとか、人を愛することとか、人の死とか、そういうことを語り合いながら、歩いた。
このフランスの風来坊とは気が合う。

滞仏日記「ニースと言えば、サラダ・二ソワーズ。しかし、ほんものは違った!」

滞仏日記「ニースと言えば、サラダ・二ソワーズ。しかし、ほんものは違った!」

滞仏日記「ニースと言えば、サラダ・二ソワーズ。しかし、ほんものは違った!」



カラフルなニースは、写真家ピエールの創作意欲を掻き立てるようだ。
ぼくも動画を回した。
そうだ、NHK・BSのドキュメンタリー番組のために・・・。
ただし、プロデューサーのLさんは
「辻さんが撮りたいなら構わないけど、わたしは今のところニースには興味がありません」
とはっきりと釘を刺されている。
でも、ドキュメンタリー番組だし、ぼくの心が何で動くのかわからないから、ぼくは常に自撮り棒を手放さなかった。
仲間が永眠したその悲しみさえも、ぼくは記録したかった。
見えるもの、食べるもの、感じるもの、触れるものすべてを記録したかった。
はじめて、訪れたこのニースは、悲しみに暮れるぼくにとっても優しかったのだ。
このタイミングでここにいられることは、とっても大切なことでもあった。
コロナが多くのものを奪ったこの時代、この地球のやさしさをぼくは記録したかった。
だから、今までで一番、カメラを回している。ピエールと一緒に。
ぼくらはカラフルな歴史的建築物を見上げ、ぼくらはオレンジ色の旧市街の屋根を見下ろし、撮影を続けたのだ。
とっても、フォトジェニックな美しい街が広がっていた。

滞仏日記「ニースと言えば、サラダ・二ソワーズ。しかし、ほんものは違った!」

滞仏日記「ニースと言えば、サラダ・二ソワーズ。しかし、ほんものは違った!」



天気予報によると今週はずっと80%の降水確率だったのに、昨日も今日も快晴である。
晴れ渡る空と大きな太陽が実にニースを象徴している。
もうすぐ12月だというのに、この温暖の気候には救われる。混雑する夏だけじゃなく、ニースは冬こそ、美しい。
冬のリビエラという歌を思い出す・・・。
冬の入り口にいるというのに、地中海は心地がいい。
ぼくらはとにかく、歩いた。
ニースに詳しいピエールがいろいろと教えてくれた。
ニースの歴史や建築様式について、ニース人とパリジャンの違い、ニースがどうやって出来たか、なぜ、ここが世界遺産に選ばれたのか、・・・。
「いいか、ツジー。ニースの女性は外ではいばってるけど、家では夫を持ち上げている。外では強い女を演じているけど、家では優しいお母さんなんだ。男はどっちかというとそれに甘えているというか、地中海人の気質を物語っている」
狭い路地を歩きながら、すれ違うニース人を観察しながら、ぼくらは語り合った。
ちなみに、パリに住む人をパリジャン、というように、ニースに住む人は、二ソワという。サラダ・二ソワーズの二ソワである。(ニース人のサラダという意味)
「パリジェンヌは家でも外でもパリジャンを支配しているから、かなり違うね」とぼく。
ぼくらは微笑みあった。
「でも、地中海人ってよく聞くけど、フランス人じゃないの?」
ピエールが肩をすくめた。
「面白いことを教えてやろう。ニースはもともとイタリア(正式には、後にイタリア統一を主導するサルデーニャ王国の前身、サヴォイア公国)だった」
「え? マジか」
「ああ、1860年に、フランスに帰属することが決まった。それに、一時期、ビクトリア女王に熱愛されたので、大勢の英国人が住んでいた。同じくらい、ロシア人にも愛され、ロシアの影響も強い。いろんな国の文化の交差点だから、見てみろ。ここはフランスなのに、ほら、まるでイタリアみたいじゃないか?」
「たしかに。イタリアの町でフランス人が暮らしている、それがニースだ!」

※ 

滞仏日記「ニースと言えば、サラダ・二ソワーズ。しかし、ほんものは違った!」

滞仏日記「ニースと言えば、サラダ・二ソワーズ。しかし、ほんものは違った!」

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「ニースを一望できる場所があるから登ってみよう」
大昔、ここにお城があったようだが、今は遺跡だけが残っている場所であった。
そこから、ニース市内が一望出来た。
ぼくらはカメラを置いて、石垣に座り、遠くを眺めた。
吹き抜けてくる爽やかな風がぼくを癒す。
人は気が滅入る時、こうやって旅に出るのがいい。
南の、海が見える、こういう高台から、果てしない世界を眺めていると、生きてることの素朴な素晴らしさや、出会った人たちへの終わりのない感謝とか、人間としての使命とか、いろいろなことを考えることが出来る。
昔、「冷静と情熱のあいだ」という小説を書いた時、フィレンツェのドゥオモの上から見下ろした世界も、こんな風であった。
横で、ピエールがカメラのシャッターを押している。
そこに記憶されるニースの風景がぼくの心に永遠に残るのだろう、と思った。

滞仏日記「ニースと言えば、サラダ・二ソワーズ。しかし、ほんものは違った!」

滞仏日記「ニースと言えば、サラダ・二ソワーズ。しかし、ほんものは違った!」



ぼくらはアンヌたちと合流をし、俳優、ジャンポールベルモンドが愛したというレストラン「LOU BALICO」に立ち寄った。
ぼくが伝統的なニース料理を食べたいと申し出たからだ。
食欲があるなら、大丈夫だね、とピエールが笑った。
ぼくが注文をしたのは、ニース名物の「パン・バニャー」と呼ばれる巨大なサンドイッチで、丸いパンに挟まれているのはサラダ・二ソワーズ(ニース風サラダ)である。
マルシェでも、路地裏の屋台でも、そこら中で売っていたので、ありますか、と訊いたら、作ってくれた。(笑)
ちなみに、世間一般のサラダ・二ソワーズはニース人からすると、本物じゃない、らしい・・。
アンヌさん、曰く、
「本物のサラダ・二ソワーズには、じゃがいもや茹でたインゲン(アリコベール)は一切入れちゃいけません。ツナ、アンチョビ、卵、オリーブ、そして、生野菜だけ」
「マジすか、うちの近所のカフェで出されるサラダ・二ソワーズはジャガイモやインゲンがたっぷり入ってるけど」
「ノン、それはニースのものとは違うわ」
へー、地元の人がそういうのだから、間違いはないだろう。
ジャガイモやインゲンが入った方がおいしいだろうと思ったけど、アンヌが頼んだサラダ・二ソワーズを一口、食べさせてもらったら、うわああ、これは美味しい!!!
「え、何が違うの? なんでこんなに美味しいんだろう?」
「ツナとアンチョビが野菜と混ざることでこのニースならではの味が生まれるのよ。そこに最高のビネグレット(ビネガーとオリーブオイル)が程よい酸味を与えて、最高でしょ?」
「いや、恐れ入りました」
アンヌには、マルタンという一歳の男の子がいるのだという。小さなお子さんを育てながら、普段は観光局で働いているのだ。ニース人の彼女は、外では夫を支配し、家では夫を甘やかしているのかもしれない。いいなぁ・・・。
「パリに帰ったら、ニース料理を一つ作りたい」
「いいわね」
「短い冬に、ニース人は何を食べるの?」
アンヌは、そうね、と言って天井を見上げた。
「ピストゥのスープよ!」
「ピストゥ?」
「南フランスのバジルのことを方言で、ピストゥっていうの」
「へー」
「ニンニクと新鮮なバジルをすりこ木でこねて作るソース。それを夏だとミネストローネスープみたいな彩野菜スープの上にかけて食べるのだけど、冬はごろごろ煮込んだ冬の野菜スープ、イメージとしては白いミネストローネかな、の上に緑色のピストゥをかけて、ガツガツ、食べるの?」
「それがいい! それに決まり!!!」
スープ本も増刷が決まったことだし、ばっちりじゃないか!!!
「明日、パリに帰る前に、食べる? お店、探しておくわよ」
ということで、ぼくはLさんには内緒で(笑)、パリに戻って美味いピストゥ・スープを作ることに決めたのだった。
友だちの分まで、ぼくは食べつくしてやろう、と思った。
そうだ、生き残ったものは、その人のやさしさを忘れないためにも、元気に生き続けなければならない。それが生きるものの使命である。
通りに降り注ぐ南国の光りが、ぼくの心に寄り添ってくれた。

滞仏日記「ニースと言えば、サラダ・二ソワーズ。しかし、ほんものは違った!」

※ これが、パン・バニャーだ!!! この破壊力、さすがに食べきれない。野球のミットくらいの大きさがあるのだ。

滞仏日記「ニースと言えば、サラダ・二ソワーズ。しかし、ほんものは違った!」

※ 断面図!!

滞仏日記「ニースと言えば、サラダ・二ソワーズ。しかし、ほんものは違った!」

※ ニースの前菜盛り合わせ。

滞仏日記「ニースと言えば、サラダ・二ソワーズ。しかし、ほんものは違った!」

※ ピエールとぼく、日仏風来坊コンビの2ショット!!



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