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第六感日記「明け方、どうもぼくは幽体離脱、もしくは夢遊病をしでかした可能性」 Posted on 2022/01/05 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、田舎は嵐で、外出もできないような暴風雨なのだ。
何しに来たのか、分からないくらい激しい雨と風が吹きすさび、再び屋根が飛びそうで、天井を見上げて横になったのはいいが、眠れない。
館に住人がいないので、憚ることなく、深夜にギターを弾いて、大声で歌った。
それでも、身体が疲れないので、ウイスキーをぐいぐいと飲んで、酔った勢いで寝ようと試みたのだけど、やっぱり眠れないのだった。
ぼくの睡眠時間は、ナポレオンに並ぶくらいいつも短い。
昼食後、30分程度の午睡、そして夜明けに2時間とか3時間の、眠りに落ちる程度なのである。
ところで、昨夜、ぼくはどうも、またもや幽体離脱、もしくは夢遊病をしでかした可能性がある。
というのは、ぼくは無意識の中で、この館の中を歩き回った、おぼろげな残像を持っているのだ。
幽体離脱のような感じになり、階段を浮遊しながら、降りていき、館の前庭に立ち(正確には立っていたという意識がない)流れる白い雲を見上げていたのである。
その朧げな記憶があるのだけど、気が付いたら、朝の10時くらいで、ぼくは寝室のベッドの上に横たわっていて、窓ガラスに叩きつける雨を見ていた。
意識が戻る直前、なんと、ぼくはツイートをしている。それは記憶にない。
でも、ツイッターを覗いたら、フランス時間の10時にぼくは謎のツイートをしていた。
記憶にはないツイートである。それは、これだ。
「いいね」をした人が2700人もいるのだ。あなたもその一人だろうか・・・。

第六感日記「明け方、どうもぼくは幽体離脱、もしくは夢遊病をしでかした可能性」

第六感日記「明け方、どうもぼくは幽体離脱、もしくは夢遊病をしでかした可能性」



人間は身体を休める眠り「レム睡眠」と脳を休める眠りの「ノンレム睡眠」を交互に繰り返していると言われているが、人間は最初「ノンレム睡眠」からはじまり、「レム睡眠」へと移行する。
これを寝ている間、どうやら交互に繰り返しているらしい。
しかし、ぼくはもしかすると、「ノンレム睡眠」が異常に少ないのかもしれない。
それと、あくまでも仮説なのだけど、過去の日記でもこの件に関しては何度か触れたことがあるが、ぼくは子供の頃から幽体離脱を経験しているので、もちろん、それは脳が勝手にそう思い込んでいるだけかもしれないのだけれど、とにかく、睡眠が普通の人のようには行われてないのは間違いない。
だいたい、毎晩、まともに寝てないのに、60年以上生きながらえていること事態、不思議でならない。
お医者さんに睡眠薬を処方してもらっていた時期もあるが、そもそも、あまり効かないし、睡眠薬に頼ると、脳が翌日機能しなくなるので、仕事が出来ず、頼らなくなった。
なので、一睡も出来ない日はやはり苦しいのである。

第六感日記「明け方、どうもぼくは幽体離脱、もしくは夢遊病をしでかした可能性」

第六感日記「明け方、どうもぼくは幽体離脱、もしくは夢遊病をしでかした可能性」



ノンレム睡眠の間、人間は、知覚や思考、記憶、随意運動なんかを司る大脳皮質や、身体の活動時に動く交感神経などを休ませていると言われている。
この時、脳の中で、記憶が定着しているのだそうだ。
その結果、ストレスが取り除かれていく。
つまり、ぼくは記憶が定着せず、ストレスが溜まっているということが考えられる。
それが極限に達する時、ぼくの魂は肉体を離れて、浮遊しているのじゃないか、と考えると腑に落ちることがあった。
でも、証明することは出来ない。
ぼくが浮遊をしているところを、これまで見た人間がいないからだ。
ところで、手元には、パリから持ってきた、例のおせちの残り物の「数の子」しかなかった。仕方がないので、それで「数の子」パスタを作ることにした。
材料を並べ、写真などを撮っていたら、ピンポン、とドアベルが鳴ったのだ。
この館には誰もいないはずだし、ぼくのアパルトマンは最上階で、外玄関のカギを持っている人間しかのぼって来ることが出来ない。
誰だろう? 階段を降り、ドア越しに(インターホンとかはない)
「どなた?」
と訊いたら、ぼくだよ、と声が返ってきた。聞き覚えのあるかすれ声・・・。
一階のフランケンさんのところの息子、ぼくがプルースト君と呼んでいる50歳くらいの男に違いなかった。彼は、地下通路で通じる裏庭の掘立小屋に住んでいる。
ぼくは恐る恐る開錠し、ドアをあけると、髭反り後が青白い、プルースト君が立っていた。やあ、とぼくは言った。
「いたんだね?」
「ああ、ぼくはずっといるよ。ところで、君がちょっと心配だったから、様子を見に来た。明け方、ずっと館の前庭で空を見上げていただろ? ぼくと話しをしたの覚えているかい?」
やっぱり、ぼくは地上階まで降りて、空を見上げていたんだ、と思った。でも、彼と話しをしたのは記憶にない。

第六感日記「明け方、どうもぼくは幽体離脱、もしくは夢遊病をしでかした可能性」



「覚えてないな」
「そうか、もしかしたら夢遊病かもしれないね」
「君はなんで、ぼくが下にいたのだと思うの?」
「昨夜は、父のアパルトマンでぼくは寝ていたんだ。ちょうど、前庭の真横にゲストルームがあり、そこの小窓から君が見えた。ぼくも夜は眠れないから」
ぼくは朝に打ったツイートのことを思い出した。
「ぼくは君と何を話した?」
「君が不安だというから、少し話しをした。たわいもないことだ」
「なるほど。ぼくはどんな状態だったの?」
「恰好のこと?」
ぼくは頷いた。
「パジャマだと思うけど、上下、黒いジャージを着ていた。寒いのに、ずっと突っ立ってるから心配になり、部屋に戻りなよ、と教えてあげた」
「ありがとう。もしかして、君はぼくに夢や希望をもって生きなさいって言ったかい?」
プルースト君が肩をすくめた。
「さあ、言ったかな。そういう話しにはならなかったけど、白い雲がもの凄い勢いで、空を羊の群れのように移動していたので、一緒に見上げて、凄いね、とは言ったけど・・・。あ、思い出した、それは君がぼくに言ったんだよ。流れていく雲を見上げながら、人間は希望や夢を持っていないとダメなんだって・・・。確かに、そう、言ってた。覚えてないのか?」
「・・・」
「でも、無事でよかった。じゃあ、失礼するよ。何かあれば、水道管を叩いてくれたら、飛んでくるから」
「水道管・・・」
そうだ、水道管がこの館の中を貫いていて、ぼくがギターを演奏すると、前はよく、彼が水道管を叩いて、存在感を示していたっけ・・・。
プルースト君は、小さく会釈をすると、奇妙な動き方、ちょっとジャンプするような感じで、階段をトントントンと駆け降りていくのだった。
ぼくは夢遊病者なんだ、と思った。
幽体離脱ではなく、実際に動いているのか、それはとっても奇妙な現象だな・・・。
さて、今日は、眠れるだろうか? 電気羊はどんな夢を見るのだろう・・・。

つづく。

第六感日記「明け方、どうもぼくは幽体離脱、もしくは夢遊病をしでかした可能性」



自分流×帝京大学

そして、編集部からのお知らせ。
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※ フランス南西部に位置するドルドーニュ地方の山奥に位置するトリュフ園からトリュフの魅力を御覧頂く予定の生配信を準備しておりますが、天候など様々な理由で一部変更になる可能性もあります。山奥にある、広大なトリュフ園からですので、電波が乱れる可能性もございます。最大限の状況を模索しながら、当日、トリュフ犬と栽培士さんらと力を合わせ、挑む形になります。嵐にならない限りは決行いたします。