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滞仏日記「大公開、父ちゃんのおもてなし術。最大幸福を引き出す、人を招く喜び」 Posted on 2021/10/15 辻 仁成 作家 パリ

地球カレッジ

某月某日、いよいよ今日は田舎で最初に仲良くなった友だちを招く日だ。
昨日の日記に下ごしらえ術を書かせてもらったが、その続き。今日はおもてなし術編である、・・・。
とりあえず、早起きをして、お客人をお迎えするにあたり、いろいろな準備をするところから一日がはじまった・・・。
一番、最初にやったのは、建物の玄関や階段の掃除だ。
高齢者ばかりが集う建物なので階段の多い建物を掃除をする体力がない。
しかも、管理人もおらず、埃がたまって、あまりにみすぼらしいから、建物全体の掃除をやることからはじめた・・・。
箒と塵取りを掴んで、階段をおり、腰をかがめながら、一段一段、丁寧に掃除した、父ちゃんなのであーる。
結構な大掃除になってしまった。ふー、つかれた。
これだけで、本日のエネルギーの半分は消費してしまったのではないか・・・。



ところが、12時と伝えておいたが、ジャンご夫妻、なかなか現れる気配がない。
フランス人はだいたいが時間にルーズなので、多少の遅れは想定内・・・。
逆に時間通りに行くのは失礼みたいな風潮もあるので、10分、15分遅れることは当たり前だと覚悟をして、準備をやってきたが・・・。
しかし、30分となると、ちと、遅い。するとSMSが飛び込んできた。
「仕事の客が遅れて、なかなかそちらに迎えず、今から、飛んで行きます。本当にごめんなさい。1時には着くはずです。ジャン」
マジか・・・。
ホタテにフラー・ド・セルを振りかけちゃったので、そこがうっすらと白ばんできた。
バゲットも乾きはじめている。慌てて、お皿などに、ラップをかけなおした、父ちゃん・・・。
とりあえず、アミューズというか、突き出しをテーブルに並べた。
昨日、処理したホタテのヒモを利用し、ピリ辛オイル漬けを作ったのだ。
他に、フヌイユのサラダ、茄子田楽もある。

滞仏日記「大公開、父ちゃんのおもてなし術。最大幸福を引き出す、人を招く喜び」

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それから、ゆっくりと前菜の盛り付けもやりはじめることにした。
一人で料理からサーブまでやらないといけないので、ある程度は準備しておく必要がある。
そのために、焼き鯖寿司とホタテのカルパッチョとサラダはまとめて一つのプレートに盛り付けることにした。
ご覧頂きたい。上の写真が最初のシンプルな盛り付け「料亭スタイル」である。
でも、なんとなく、若さがないので、フランス人に受けるように、ちょっと華やかにしたのが、下の「父ちゃんスタイル」だ。えへへ。
鱒の卵をホタテの上にチラシ、焼き鯖寿司には、シソのかわりに、バジルの葉をみじん切りにし、載せてみた。
オレンジの塩や、七味などをふり、彩を演出してみた。

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それにしても、あまりに遅いので、窓から下界を覗いていると、坂道を登って来るカップルが見えた。
おお、ジャンと奥さんだ。階段をかけおり、下の階の玄関を開けて、待った。
「ムッシュ、ツジー。遅くなって本当にごめんなさい。うちの妻です」
「ムッシュ、はじめまして、お招きありがとうございます。フランソワーズです」
素敵な奥様である。ちょっと英国人っぽいというか、ジェーン・バーキンに似ている!
ジャンが、家を見回して、へー、クールでカッコイイ。誰がデザインやったんですか、と言うので、プロに褒められて嬉しくなり、まず、部屋を案内することにした。
フランス人は結構、家を見せたがる、見たがる人が多いので、自分の住処を案内するところから、親睦を深めていく・・・。
風呂場も、寝室も、全部案内し、いちいち、説明をした父ちゃん。
「この物件から見る景色は、ここら辺では一番美しいです。ぼくが知っている限り、この絵葉書のような風景は見たことがない」
嬉しかった。自分が褒められているようで・・・。

滞仏日記「大公開、父ちゃんのおもてなし術。最大幸福を引き出す、人を招く喜び」



ジャンは、もともと、パリで大手不動産会社を経営していたのだけど、ストレスがたまり、数年前に、会社を売り、家族で田舎に移住した。
今はこの一帯で、高級民宿を50軒ほど運営している。その才覚はすごい。見た目はおっとりしているが、経営能力が半端ない。
そして、ジャンはぼくの田舎暮らしのアドバイザーでもある。
NHKの「ボンジュール、春ごはん」の撮影で一度、インタビューもさせてもらったが、残念ながらその部分は使われなかった。
彼曰く、要は、「成功や出世よりも、家族との時間を大事にしたかった」とのこと。
その哲学は、ぼくの人生観とも相通じるものがあり、・・・親しくなったのだ。
「多分、このような珍しい物件は今後、出てこないでしょうね。おめでとう、辻さん!」
やった!!!

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ぼくらは乾杯をし、くだけた感じで、小一時間、だらだらと泡を味わいながら、おつまみをつまんだりしながら、雑談をした。
フランス人はホタテが大好きだけど、ヒモの部分を捨ててしまう。
でも、ヒモも美味しいのだ。これ、食べてみて、と苦心作のヒモの油漬けをすすめてみた。
「なんですか、これ?」とフランソワーズ。怪訝な顔をしている。
「美味しいよ。でも、意外なものだよ」
2人がそれを口にした途端、その顔が思いっきり開いて、笑顔になったのが伝わった。
「美味しい!!!」
ぼくが種明かしをすると、2人は驚いていた。作り方を教えてあげた。ソテーして、ごま油とか生唐辛子やニンニクでマリネするのだ。へー。



コの字型のカウンターの中心にぼくは立ち、料理をしながら、一緒に食べ、そして、食べ終わったお皿をテーブルの下の食洗機に次々入れていく。
実に効率がよく、便利なキッチンである。
残ってる焼き鯖寿司の数を数えながら、食べ終わる時間を計算し、パスタを茹で始める、父ちゃん・・・。
本日のメインは、牡蠣のオイルパスタである。
一緒に食べながら、同時に料理が出来る最高に機能的なスペースでもある。1人専用対面キッチンと呼んでいるけれど、実は、最大で4人まではお客さんを招くことができる。
「パパは、最初から、ゲスト招くつもりだったんじゃん」
と前回、息子に窘められたが、悔しいけど、その通り・・・。
「こんな和食? ヒュージョン? 食べたことない。美味しい」
「デリッシュー、ブラボー」
残さずに、すべて食べて貰えると、さらに嬉しい父ちゃんであった。

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彼らはぼくの正体を知らないので、ぼくは自分が作家でミュージシャンであることを、林檎のタルトを食べながら、明かした。
「白仏」の仏語版を一冊彼らに差し上げると、驚いていた。
それから、音楽もやっていると言ったら、もっと驚いたので、ギターを持ち出し、小さなコンサートのはじまりはじまり・・・。2人は音楽大好きカップルで、ノリノリになった。
結局、彼らが帰ったのは16時半過ぎ。2人とも仕事も忘れて、帰る気配がないので、最後は、仕事でしょ、と追い返すことになる・・・。
でも、そんなに楽しんでもらえて、ぼくはうれしくて仕方なかった。
おもてなしの一番大事なところは、自分も負けないくらいに楽しむことなのである。
そして、彼らが帰る頃には、ぼくの片づけも同時に終わっている、という寸法・・・。食洗機のスイッチを押し、ぼくは寝室に行き、ゴロンと寝転がった。
ジャンとフランソワーズからSMSが飛び込んできた。
「ムッシュ、あなたの最大のもてなし、きっと生涯ぼくらは忘れないでしょう」

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