JINSEI STORIES

滞仏日記「人を簡単に信用するな、とぼくは息子にちょっとアドバイスをした」 Posted on 2022/05/09 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、寂しい話で恐縮だが、どこまで人を信じればいいのか、ということが人生には必ず付きまとう。
聖人であれば、だまされても信じなさい、と言うかもしれないが、普通の人間にはなかなか出来ることではない。
騙される、まではいかないまでも、信じて失敗した、ということは人間関係にはよくあることなので、長く生きていると、用心をするようになるし、他人をすぐに信用しなくなる。
だまされてもしょうがない、と思えるのは血のつながった息子くらいであろう。
親戚とか兄弟だって、この辺はシビアな話で、ぼくの周囲はみんな兄弟間でとてつもなく大きな問題を抱えている。
そういうのを見るにつけ、人間が信じられなくなる。
ぼくはいつの頃からか、他人は他人、自分は自分、と言い聞かせて生きるようになった。そのことを昔、息子に説教したら、
「それは間違いだ。それじゃあ、寂しすぎるよ」
と正義感溢れる若者に叱られたことがあった。
ただ、無償の愛、というのは、あると思う。
しかし、無償の愛とはいえ、一度は仕方ない、と思うかもしれないが、二度目は許しちゃいけない。

滞仏日記「人を簡単に信用するな、とぼくは息子にちょっとアドバイスをした」



人を信じるから裏切られて傷つくのだ。
これは当たり前のことである。
信じるとはなんだろう?
なぜ、他人を信じることが出来るのだろう。
自分だって、自分のことを理解出来ないのに、なぜ、赤の他人をそこまで信じることが出来るのか、不思議でならない。
きっと、どこかで人間を、他人を信じてみたいのである。
人間はすてたものじゃないのだ、と思いたいのである。
なのに、裏切られるたびに、またか、と思う。それは自分が愚かだからである。
「パパこそ、すぐに人を信用するじゃん」
これは息子の口癖である。あはは。
なので、最近は「人は信じない」という前提で向き合うようにしている、特に、仕事関係においては・・・。
たとえば、仕事を決断するとき、人は信じないけれど、自分がそれをやりたいかどうか、でまず動くようにしている。
昨日、とある仕事関係の人とご飯を食べながら仕事の話をした。
その人は、信頼がある、と言葉にする。ぼくはそういう美辞麗句は信じてない。
プロジェクトに使命を感じます、と言われる。ぼくはそこまでは思わない。その仕事をやりたいかやりたくないか、が大事だ。とくに表現者の場合は・・・。
仕事は仕事と割り切っているし、受けた仕事は契約とか関係なく、ベストを尽くすのがぼくのやり方だけれど、失礼な人や、偏った考えの人もいるので、笑顔だけで信用することは絶対にない。言葉で握手はとくにやらない。
損得が関係するものは特にそうだ。基準は、損をしても、それをやる価値が自分にあるかどうか、が大事なのである。

滞仏日記「人を簡単に信用するな、とぼくは息子にちょっとアドバイスをした」



逆に、損得のない、つまり仕事ではないものについては、ぼくは心を緩めて向き合うことが多い。
損得が生まれないものならば、傷つくことも少ないような気がする。
昔は、秘書の菅間さんが契約書を精査してくれていたので、ぼくは仕事にだけ専念できたけれど、菅間さんが他界した今は、契約書も自分で目を通すようになったので、正直、大変が増えた。
新たな仕事はなるべく引き受けないようにしているし、一つ一つの成果が信頼や信用を築いていると思うようになった。
人間が落ち込むのは、いい話が舞い込んで期待をし過ぎるからだと思う。
つねに最悪を想定し、そういうこともありえる、と心の中で念じてベストを尽くすべきだと思っている。諦める力が最後で自分の崩壊を防ぐ手段となる。
梯子を外された時の、衝撃が最小限で済むようにしておくことが大事だ。
まもなく社会に出る息子にもそのようなことを説教した。
サインだけは迂闊にするな、成人した今でも、パパに一度は相談をしなさい、と言っておいた。
彼は今、音楽の業界で仕事をして、少しずつ作品が世に出ているからである。
でも、だまされて、勉強をしないと、人間はなかなか改善されないのも事実だ。風邪をひいて、強い身体を作っていくようなものが、社会だからである。

滞仏日記「人を簡単に信用するな、とぼくは息子にちょっとアドバイスをした」



こういうことが大前提ではあるが、それでも人間は自分の可能性を試したいので、いい話には期待をする。
ぼくだって、頑張った仕事には自信があるので、期待を持つ。
期待をすることも、自分を伸ばす上で大事なことだから、しょうがない。なので、期待をし過ぎず、最悪がやって来ることも想定して、ベストを尽くせ、と思っている。
そういう話を食事の席で息子にしたのだった。
「うん、わかってるよ」
と息子は言った。

つづく。

滞仏日記「人を簡単に信用するな、とぼくは息子にちょっとアドバイスをした」



読んでくれてありがとうございます。お知らせです。
辻󠄀仁成 アコースティック セレナーデ フロム パリ
Jinsei Tsuji Acoustic Serenade From Paris
________________________________________
【ビルボードライブ大阪】(1日2回公演)
8/8(月)1stステージ 開場17:00 開演18:00 / 2ndステージ 開場20:00 開演21:00
[お問い合わせ] ビルボードライブ大阪: 06-6342-7722
〒530-0001大阪市北区梅田2丁目2番22号 ハービスPLAZA ENT B2
________________________________________
【ビルボードライブ横浜】(1日2回公演)
8/12(金)1stステージ 開場17:00 開演18:00 / 2ndステージ 開場20:00 開演21:00
[お問い合わせ] ビルボードライブ横浜: 0570-05-6565
〒231-0003 神奈川県横浜市中区北仲通5 丁目57 番地2 KITANAKA BRICK&WHITE 1F
________________________________________
発売日
Club BBL会員、法人会員先行=6/6(月)12:00正午より
一般予約受付開始=6/13(月)12:00正午より

地球カレッジ
自分流×帝京大学