JINSEI STORIES

滞仏日記「死にたいと思ってもいいから、生きてください」 Posted on 2022/05/13 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、人間はそんなに頑張らなくてもいい。
そんなに真面目にならなくてもいい。
ちょっと逃げたり、諦めたり、たまにはごまかしたっていいのじゃないか、と思う。
人間、全部を抱えて持って生きることはできないし、全部の夢を成し遂げることなんか出来るものじゃない。
ぼくなんかこのように不真面目な人間だから、時々、ガス抜きをして、しょっちゅう、ご存じの通り、家事を放棄し、朝からビールを飲むこともあるし、三四郎をほったらかして、ぐうたらして、投げやりになっては、心のバランスを保っている。
日記にもたまに書くけど、ぼくはしょっちゅう鬱っぽくなるので、なんとなく、それなりに、気を付けている。
60歳になったくらいから、「そこまで真剣に抱えなくてもいいよ」と自分を言いくるめて生きるようにしてきた。
離婚もあったし、慣れない子育てもあったし、夢を捨てたこともあったし、仲間の死もあったし、厳しいロックダウンの中で息子と生き抜いたこともあったし、振り返ると、暗いトンネルを何度も潜り抜けてきたように思う。
もう、ダメかな、と思う時もあったけど、性格がこのようにいい加減なところがあるし、根がロックンロールなので、土壇場の土壇場でちゃらんぽらんな気質のおかげで、なんとか助かったのかもしれない。
音楽は大事だ、というのが最近のぼくの生きるポリシーでもある。
音楽はさされくれだった気持ちを解してくれるし、理屈抜きに、人間に必要なものだ。
死にたくなる時、なんでかな、気が付けば、歌がいつもぼくに寄り添ってくれてきた。
本当だ、苦しい時には音楽に逃げてほしい。

滞仏日記「死にたいと思ってもいいから、生きてください」



そうは言っても、人間はみんな生真面目だから、気安く諦められないし、逃げられないし、ごまかせないのは分かる。
だから、だましだましやっていくことが大事だし、あまり上ばかり、先ばかり見上げないでいいのじゃないか、と思う。
ぼくがロックダウン下で学んだことがある。
ああいう未来が全く見えない時期、戦争もそうかもしれないが、「もうだめだ」と思う時、その都度、遠くは見ないで足元を確かめること、と自分に言い聞かせてきた。
目の前の小さな幸せだけを見つめて「今日をしのごう」と言い続けて生きていた。
将来を一回棚に上げて、まず、今日を精一杯生きようとつとめた。
前は一週間分の食料のまとめ買いなどをしていたが、そういうのをやめて、毎日、今日の分の買い物に行くようにした。
今日、買った食材で、今日の美味しい料理を作り、今日を楽しむことだけに命をかけるというか、目先のことだけに全力投球するようにしたのだ。
ロックダウン下の毎日の買い物はそれなりに「生きる張り合い」を届けてくれた。
そんなささやかなことだけど、生きていることを実感できたし、それを息子に作って与えることで、ぼくは間違いなく、生かされた。
そうだ、あの苦しい狂気のロックダウンの中で、ぼくは生かされた。
一日一回許された外出、食材を買って帰り、家族といっても息子しかいないけれど彼のために料理をして、毎日を繋いで生きた。
その目先の幸福論がぼくの今日を支えてくれている。
死にたいと思う時、ぼくは遠くを見ないようになった。今日、美味しいものを食べよう、と思うようになった。
「いただきます」が心に染みるようになった。

滞仏日記「死にたいと思ってもいいから、生きてください」



ロックダウンのせいで、映画撮影が中止になり、コンサートが全部キャンセルになった。
離婚の時にも似たような大変さを味わい、ぼくはとりあえず子育てに専念をした。
思い通りにならない、ままならない人生が大波のように時々襲ってきた。
陰鬱な力がぼくを抑え込んでくる時、ぼくは、ロックンロール、と叫んだ。ギターを引っ張り出し、めちゃくちゃに弾きまくった。
真面目過ぎちゃいけない、と自分に言い聞かせた。
もっとちゃらんぽらんでいいのだ、と自分に言い聞かせた。
自分だけが不運だとか思うな。みんなもっと苦しい。世界はあえいでいる。
何か、気楽にやっていけ。抱えすぎないで、荷物の半分は床におろせ。今は休め、ぐうたらしろ、と自分に言い聞かせるのだった。
そして、一番苦しい時期を乗り越えての、今がある。
子犬がやってきた。息子は大学受験を終えた。子犬に餌を与え、一緒に砂浜を走った。
息子は昨日と今日、バカロレア(高校卒業試験)の日だった。
「頑張ったよ」と連絡があった。
「よかったな」とぼくは喜んだ。
ただ、それだけの人生だけど、それがぼくを生かしているのである。
批判されても、文句言われても、バカにされても気にする必要はない。そんなの自分の人生の外側の出来事だ。ぼくは今、ここにいる。ここだ、この場所にいる。
生きることだ。死にたいと思ってもいいから、生きてください。

つづく。

滞仏日記「死にたいと思ってもいいから、生きてください」



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