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滞仏日記「息子の第一志望校の結果が二週間後に分かる、ドキドキが止まらない」 Posted on 2022/05/15 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、夕飯の時間に息子がぼそりと言ったのだ。
「なんかね、6月の頭に第一志望校の結果出るって」
その時、ごはんを飲み込もうとしていた父ちゃん、思わず咽び、目ん玉ひんむいた。
「マジか? 夏じゃないのか?」
「うん、たとえば、合格通知を貰った子が他の大学を選んだ場合、空きが出たら、繰り上げで合格する場合があってね、それが夏かな」
「それが夏。やばいな。パパ、ドキドキしてきた。受かるかな」
「さあ、何とも言えない」
なんとも言えない・・・。ご飯粒が喉を通らない。
「第二志望の大学はいつわかる?」
「第二志望なんてないよ。その大学以外はこれまでの成績を大学側と国が精査して、決めていくのだけど、どっちかというと、そっちの方が難関なんだ」
「なに。第一志望よりも、それ以外の方が難関なのか?」
「第一志望の大学は会場で試験を受けたから、成績とか関係ないのね。いい成績だったら、自動的に合格じゃん」
「なるほど。で?」

滞仏日記「息子の第一志望校の結果が二週間後に分かる、ドキドキが止まらない」



「で、他の大学は普段の成績とモチベーションレターなどで総合的に大学側が判断をして、自分の学校に来てほしい子たちをピックアップしていくんだよ」
「厳しいな。招かれない可能性もあるのかい」
「それは受検だから、絶対大丈夫とも言えないんだよね。成績は可もなく不可もなくだけど、モチベーションレターをどう学校側が受け取るかで決まる。第一志望の大学は点数で決まるから、試験の出来がよければチャンスがある」
「第一志望の大学ってどうやって、結果が来るの?」
「メールで。その日はメールが届くかどうか、一日ひやひやしないとならない。来なかったら、不合格、あ、いや、不合格の通知も来るはずだから、その日に分かる」
やばい。ごはんが喉を通らなくなった、父ちゃん。とりあえず、お茶碗を下に置いた。
「一つ、聞いてもいいかな?」とぼく。
「どうぞ」と息子。
「全部、ダメだったら、何処へ行く。君は前に、絶対どこかの大学には行けると言ってたじゃんね」
「うん、行けるはずだけど。高校の先生がどこかには行けるだろうって言ってたから」
「その先生、信用できんの? 誰だ、その人? ちゃんとした先生なのか?」
「パパ!これまでの経験で、うちの学校から、大学に行けなかった子はいないって先生は言ってた。ぼくの成績はそこまでひどくないから、絶対行けると言っていたけど、問題は、そこじゃないんだよ」
「どこだ! 」
「要は、受験した大学10校の中でも、一番勉強したい科目がある大学と、そこまで興味がない大学がある。贅沢は言えないけど、パパ、中世の政治のことばかり何年も勉強出来ないでしょ? ぼくが選んだ10校の中には、そういう学校もあるんだ。そんなもの習って、将来の仕事がある?」
ええ、そんなこと今、聞かれてもわからにゃいわ・・・。
「一番、やりたいのは第一志望校の一つの大学で、そこで現代のジャーナリスト論を学びたい。そこに行くのならモチベーションがあるから頑張れる。でも、中世の政治しか教えない大学に入ったら、ずっと中世のことばかり考えないとならなくなるんだよ。中世の政治がこの時代に、どういう風に役立つというの。そんなの地獄じゃない?」
えええ、そんなこと今言われても、パパ、どうしていいかわからにゃ~い。
ぼくは俯き、考え込んだ。
「中世の政治、いいと思うけど・・・」
思わぬ言葉が飛び出した。
いや、面白そうだ、と小さな声で言ってみた。
なんでも、ネガティブになるのはよくないじゃんね・・・。

滞仏日記「息子の第一志望校の結果が二週間後に分かる、ドキドキが止まらない」



「そうかな。パパ、中世のフランスの政治家、知ってるの?」
「えええ! し、知らにゃい。でも、君が選んだわけでしょ?」
「文系の大学って、実は物凄く限られている。狭き門なんだよ。その中で、どこかに入ろうとすると、どうしても行きたくない学校も選ばないとならなくなる。もしも、その行きたくない大学に行くことになったら、ぼくはどうやってモチベーションを上げていけばいいの。想像してみてよ。スパゲティを作りたいのに、毎日、うどんを作らないとならないと、うどんには失礼だけど、スぺゲッティ欲が増すでしょ? どうすんの? スパゲッティ食べない気?」
「でも、それしか選択肢がない場合、どうなるの?」
「2年くらいうどんを食べ続けてから、もう一度、スぺゲッティを食べられる店を探す感じ」
「そりゃあ、大変だね」
「そうだね、卒業するまでにさらに時間がかかる。その分、パパに迷惑がかかる」
ぎょえ。
「ラーメンはないのか?」

滞仏日記「息子の第一志望校の結果が二週間後に分かる、ドキドキが止まらない」



ということで、息子は食べ終わったお皿を持って、キッチンに片づけに行った。
食堂に残ったぼくは、どうしていいのかわからず、なんか、満たされない気持ちでうっすらふさぎ込んでしまった。
とりあえず、6月のX日には、第一志望の最初の結果が出るらしい。
その後は、他の大学の合格通知が来るのをひたすら待つことになるのだそうだ・・・。残酷である。実に残酷な世界だ。
志望校はあくまでも志望校でしかない、志望通りになるとは限らないのが人生だ。さァ、息子よ、どうする?
らーめん。

つづく。

ということで、ドキドキし過ぎて、今一つ文章の切れが冴えない父ちゃんですが、今日も読んでくれてありがとう。えへへ。
「どこかには入れる」と豪語していた息子のこのあいまいな話を聞く限り、どうしていいのか、分からなくなるのは気のせいでしょうか。自分は学生時代、どうっだったのだろう・・・。
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