JINSEI STORIES
退屈日記「三四郎がまた悪さをした。家がだんだん壊されていく」 Posted on 2022/05/17 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、今日は、朝から気分が晴れなかったので、三四郎を相手に歌の練習をやった。これは普通の人がみたら、ふきだしてしまうに違いない光景であろう。
三四郎の部屋の柵の向こうを客席とみなし、ぼくは柵の内側、つまりステージで歌を歌いギターをかき鳴らす。三四郎がそういうぼくをじっと見上げている。曲によって、反応はまちまちだけど、三四郎がいるだけでも、イメージトレーニングになる。三四郎に向けて、
「今日もライブに来てくれてありがとう」
と言ってる。MCの練習もやっている。
「ありがとう。次の曲はエディット・ピアフも歌っていた有名な曲で、パリの空の下で、をお送りします」
ぽろ～ん、とギターを奏で始めるという、実に、笑えるイメージトレーニングなのである。ちなみに、三四郎はつまんなそうで、尻尾は垂れ下がったまま。やれやれ、という顔をしている、いつも・・・。気にしない、父ちゃん。
すると、後ろから写真を撮られた。
「また、やってるの？」
「歌の練習もしないとならないし、三四郎のそばにいないと寂しがるから、一挙両得なんだよ」
息子が笑った。この写真、あとで送るね。ありがとう。
最近、息子は安定している。反抗期が終わったから、ゴミ出しなども気が付くとやってくれているし、楽になった。
とくに時々、三四郎の面倒をみて留守番をやってくれるようになったことは有り難い。長く家を空ける時は、ちょっとお小遣いもあげている。
「お金とか、いいよ、家族なんだから」
こんなことも言ってくれる。いよいよ息子も大人になったのである。まァ、当たり前のことなのだけど、助かる。ところが大変なことが起きた。
※ 今日や焼きそば＆豆腐ステーキ。これに目玉焼きを載せる。鳥蒸しハムもおまけについている特大プレートである。笑。
ぼくが昨日、ちょっとクリニックに出かけている間、息子が三四郎の世話をしてくれることになり、二人を残して外出をしたのである。
「じゃあ、行ってくるけど、三四郎は頼むね」
「うん。わかった」
「ごはん、出来てるから、温かいうちに食べなさいね」
「おっけー」
どういう先生かという解剖学の権威が心と身体のバランスを見て、心の不調や身体の不調を整える。
東洋医学ではないが、対処療法はせず、カイロプラクティックみたいなこともしながら、正常化させてくれるクリニックなのである。
ぼくは自律神経とかが不調な時に心と身体を整えてもらっている。
大学病院では解剖の仕事もしているという風変わりな先生である。
でも、彼のおかげでぼくは生かされている。ぼくの身体は６２歳とは思えないくらいに、柔軟で興味深い、ということになり、彼の研究材料みたいにもなっている。
なんでも、筋肉がとっても柔らかいのだそうだ。あはは・・・。
小一時間、先生のところで診て貰い、家に戻ると、十斗が浮かない顔をしてぼくを待っていた。
「どったの？」
「これ見てよ」
息子の部屋に入ると、（彼の部屋は子供部屋兼スタジオ）になっていて、部屋の半分はレコーディングなどの音楽機材が積まれているのである。足元に、ヘッドホンが転がっていて、コードが噛み千切られていた。
「数百ユーロもするプロ用のヘッドホンだよ。ぼく、音楽できなくなったよ」
「えええええ、三四郎がやったのか？」
「ぼくが食堂でご飯を食べてる隙に、ここに忍び込んで、機材とか噛みまくってた」
「ドアをしめなかったの？」
「短い時間だから、平気かなと思ったら、とんでもなかった。明日までに作業しないとならない音楽の仕事があるんだ。叱ったけど、すっとぼけてる」
「やれやれ。ドアは閉めないと」
仕方がないので、新しいヘッドホンを買ってあげることにした。
三四郎はとにかく「破壊王」で次から次に、物を壊していく。しかも、高級志向で、高そうなものを狙って噛み千切るのである。
もっとも困るのは、家を噛み千切っていくことで、三四郎の部屋のペンキを塗ったばかりの壁の角を、噛んで一部剥がしてしまった。肘掛け椅子はもうお見せ出来ないほどに傷だらけである。でも、まあ、それが子犬の仕事だから、仕方がない。
少しずつ、分からせていくしかないのである。
でも、ここ最近は夏バテで元気がなかったので、ちょっと体調が戻った証拠でもある。
勝ち誇った顔で、三四郎は、肘掛け椅子の上で寝そべっている。
「パパしゃん、こっちおいで」
そう言われた気がした。やれやれ。
ぼくは三四郎にごはんを与え、ドクターにダイエットなどやめて栄養を取りなさい、と叱られたので、ぼくもキッチンで何か食べることにする。
つづく。
辻󠄀仁成 アコースティック セレナーデ フロム パリ
Jinsei Tsuji Acoustic Serenade From Paris
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