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滞仏日記「三四郎というなんと人間味ある犬のおかしくて奇妙な習性16連発」 Posted on 2022/06/26 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、三四郎が生まれて9か月を迎えた。そして、彼が辻家の一員になってから、ちょうど半年が過ぎたことになる。
この子犬は実に人間味あふれる子犬なので、今日は、三四郎の奇妙でおかしい習性や特徴をここに列記していこうと思う。

1, この犬は前方から他の犬がやって来ると、目視した途端に、その場に伏せて、待ち構える。表情は期待と畏怖と興奮と不安に塗れた複雑な顔をする。そして、相手が近づいてくると、じっと石のお地蔵のようになり、動かなくなる。相手の犬が三四郎の身体の匂いを嗅いで、顔を近づけてくる間、尻尾は垂れ下がった状態だ。相手の犬が激しく尻尾を振っていても、お地蔵は動かない。ところが、相手の犬が動かぬ三四郎に業を煮やしてその場を離れると、不意にその後を追いかける。ぼくは必死でリードを引っ張り、「だったら、最初から仲良くしとけばいいのに」と小言を言う。そして、三四郎は恋人に去られた後のふられた男のようにずっと未練がましくその犬の後姿を哀愁の眼差しで追いかけるのである。
2, この犬は相当に頑固で、飼い主であるぼくと普通に寄り添って歩いてはくれない。自分が好きな方へ行かないと納得しない。引っ張っても何をしても動かないので、好きに歩かせる。すると、水を得た魚のように歩き続けるのだ。「さァ、行くぞ」と号令をかけてはならない。「どこにも行くな」と言えば、歩き始めるのである。
3, この犬は一度、ぼくと一緒に入った店には必ず立ち寄る習性がある。何も教えてないのに、そのカフェやレストランのことを覚えていて、勝手にドアの中へと入っていく。ついて行くと、前と同じ席に飛び乗り、さァ、何を頼む? という顔をする。
4, この犬はぼくがバゲットの端っこを与えると、まずそうな顔をして首を横に向ける。ぼくがクロワッサンの端っこを与えると、喜んで食べている。

滞仏日記「三四郎というなんと人間味ある犬のおかしくて奇妙な習性16連発」



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5, この犬は若い女の子が大好きで、しかもちょっと綺麗なお姉さんに物凄い勢いで尻尾をふる。尻尾を振りすぎて、ソーセージのような長い胴までもがくねくねと揺れまくる。そのくせ、中年のムッシュとかは苦手で、尻尾は垂れ下がったまま、その表情は氷の微笑。彼は犬好きな人が分かるようで、三四郎が不意に懐く人はだいたい犬を飼っている。犬の匂いがするから、分かるのだろうけれど、ただ一つ解せないのは、犬からほど遠い街の哲学者、アドリアンにも懐いている。あんなに怖い顔をしているというのに、きっと、人間の心の中身を見抜く本能があるに違いない。
6, この犬はぼくが優しくしない時、洗濯かごの中から、ぼくの下着とか靴下とかシャツとかを引っ張り出して、それを枕にして寝ている。
7, この犬は叱ると、顎を下げ、時々、飼い主の顔色をうかがう。そのくせ、ほとぼりが冷めると再びいたずらっ子になるので、実に、始末に負えない。

滞仏日記「三四郎というなんと人間味ある犬のおかしくて奇妙な習性16連発」



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8, この犬はドッグフードをあまり好まない。彼がいつも食べているのは、地面に落ちている枝、木切れ、ゴミ、葉っぱ、砂、貝殻、干からびたわかめ、椅子、マット、床、壁、家、およそ、食べられないものを飽きるまで噛んで食べている。ドッグーフードは最高級のものを与えているにもかかわらず、残す。なのに、落ちている木やゴミを美味しそうに食べたりしているグルメ犬でもある。
9, この犬は部屋の電気がついている限りは激しく遊びまわるが、ひとたび、電気を消して、もう終わりだよ、また明日ね、と言うと、素直に寝てくれる。
10, この犬は、子供に対しては上から目線で生きている。ニコラとかマノンが来ると、悪魔になって、子供たちを困らせ、激しく甘噛みを繰り返し、困らせる。うちの息子のTシャツを何枚か廃棄物にさせた。それで子供たちの抗議を受けて、叱りに行くと、ぼくの腕や手をぺろぺろ舐めていい子ぶる。マノンが、この悪魔犬、と命名した。 

滞仏日記「三四郎というなんと人間味ある犬のおかしくて奇妙な習性16連発」

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※ マノン作、さんしろうのイラスト。三四郎中毒になりました、と告白された父ちゃん、あはは・・・。

滞仏日記「三四郎というなんと人間味ある犬のおかしくて奇妙な習性16連発」



11, この犬はむやみやたらに吠えないが、家のど真ん中でポッポ(うんち)をした時とか、廊下に大じょんべんをした時などは、なぜか、吠えまくる。「やったよ、パパ、やったよ、でっかいのをやったんだよー」と自慢するように。「なにやってんだ、お前」と叱ると、金メダリストのような顔で、金なのに、なんで褒めないの、と首を傾げる。
12, 「十斗~、ごはんだよ~」と呼ぶと、「はーい」と言って食堂に真っ先に入って来る。「お前じゃない!」
13, この犬は間違いなく、自分を人間だと思っている。
14, この犬が飼い主の言うことをきかず悪戯をやめず変な行動を繰り返している時に、「おやつ?」と言うと、「へ? まじ?」という顔をして悪戯をやめる。そして、ぼくの足元に飛んできて、愛らしい顔で見上げてくる。「三四郎、マットをあんなふうに噛んだらダメだろ?ダメだよ」と叱ると、話が違うじゃん、という顔をして、後ろを向いて、動かなくなる。
15, この犬は世の中に「ダメなものがある」ことを知っている。知っているけど、「ダメ」と叱られるまではそのダメを追求する。「ダメだよ、こら」と怒ると、「やっぱりだめなんだ」という感じで、一度、動かなくなる。しかし、だいたい5秒後、様子を見ながら、再び悪戯を開始する。「ダメ」「・・・」「ダメ!」「・・・」「ダメダメダメ!」「・・・」これが毎日なのである。
16, この犬はたまに寝言を言う。けっこう、はっきりとした寝言なのだ。夢を見ているのがわかる。仰向けに寝ているこの犬の前脚が空中を蹴っている。小さな声で、「わん」と吠える姿は、実にかわいらしい。他の小型犬と広場を一緒に走り回っているのかな。この子が生きていること自体が宝物なのである。

つづく。

今日も読んでくれてありがとう。
いや、子犬は可愛いですね。犬と生きていると、人間であることが恥ずかしくなります。ピュアな心を忘れないよう、今日も生きなきゃ、と思わせてくれる魔法があります。
さて、今日、26日、日曜日、夜の20時から、地球カレッジの文章教室をやりますよ。
詳しくは下の地球カレッジのバナーをクリックください。三四郎も聴講生でいつものように、参加するはずです。すいませんね、いつも、出てきて。(連れてきてか・・・あはは)昨日の回線チェックの最中は吠え続けて、東京のスタッフさんらを困らせていました。笑。
良い一日を!

地球カレッジ

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