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滞仏日記「息子ロスの中、2歳の息子がぼくのハンチングをかぶる写真を見つけ」 Posted on 2022/09/13 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、本棚の一番上に、ロブソンが息子の写真を見つけたのだった。
「これ、君?」
「いや、息子だよ」
「いくつなの?」
「今ね、18歳なんだ」
「かわいい。かぶってるの、これ、君のハンチングだろ?」
「そう、この時、やっと立てるようになって、ぼくのハンチングをうばって、自ら、かぶったんだよ」
「へー、かわいいなァ」
ロブソンは、明日から始まる父ちゃんのニューアルバムのプロデューサーである。
今日は、ランチミーティングした後、自宅で、選曲&レコーディング手法について、話し合ったのだった。
で、休憩中に、息子の写真を見つけた、という次第である。
サロンの本棚は、自分の著作がずらりと並んでいる。その本のあいまに、幼い頃の息子の写真がいくつか隠されているのである。
その一つを指さし、ロブソンと息子&娘自慢みたいな話になった。ロブソンには27歳の娘さんがいて、今、ロックバンドで活躍中なのだ、という。
ロブソンが掴んだ息子の写真、本棚の一番上に置いてあったもので、しばらく見てなかったから、ちょっとドキッとした。
「大学生か、君に似てるね」
「うん、残念なことに、ぼくにそっくりなんだよねー」
「あはは」
「えへへ」

滞仏日記「息子ロスの中、2歳の息子がぼくのハンチングをかぶる写真を見つけ」

※ すいません。ちょっとサングラスの細工、ごめんなさい。息子の許可をとってないので・・・。でも、目はぼくにくりそつですから、だいたい、判子父子ですので、ご想像くださいませ!



子供が巣立つって、こんなに寂しいことなんだ、と思った父ちゃん。
昨日は、ガールフレンドのしまちゃんと何かを取りに来たけど、5分で、出て行った。ガールフレンド君がこれまたいい子で、父ちゃんは、お菓子をあげた。
「息子をよろしくお願いします」
「パパ、そんなんじゃないから、ぼくらは親友」
「わからないじゃん」
ぼくはしまちゃんを見ながら、思った。いい子でよかった。
そんなことやあんなことや、昔のことや、この子が2歳の時のことを思い出すと、目元が濡れてしょうがない・・・。
「つじー?」
ロブソンがぼくを見て、心配している。
「どったの?」
「あ、いや、なんか、息子が出て行って、ロス感半端ないんだよ」
「わかるよ。よく、わかる」
そこにたまたま、ロブソンの娘さんから電話がかかった。なんと、日本文化会館でアルバイトすることになった、とその子が言った。
ロブソンが携帯をぼくに押し付けた。
「やあ、ぼくもミュージシャンだよ。文化会館でもライブやるんだ。今度一緒にライブやろうね」
明るい子だった。ロブソンが彼女のプロモを見せてくれた。ボーカルをやっている。
ロブソンの別れた奥さんとの間に生まれた子だという。ガールズバンド!
「音楽でつながって、ぼくとは仲がいいんだ。今は一緒に仕事をすることもある」
「いいね。それは素晴らしいことだ」
「君は?」
「ぼくも一緒に仕事している。今度、息子が、ぼくの映画の音楽も担当するかもしれない」
「へー、君は昔から、子煩悩だったものな。知ってるよ。あの子が小学生だった頃にぼくは一度、会ってる」
「そうだっけ?」
「ああ、君が離婚をした後、アルハンブラ劇場で一緒にライブやっただろ? あの時に会ったよ。10歳だった」
ぼくは、がびーん、となった。
あんな大変な時に、よくライブなんか出来たものだ。
そうだ、あの時、ロブソンにずいぶん、泣きついたっけ・・・。

滞仏日記「息子ロスの中、2歳の息子がぼくのハンチングをかぶる写真を見つけ」



「今度、あわせろよ」
「ああ、もちろん」
すると、今度はぼくの携帯が鳴った。
「あ、息子からだ。凄いタイミングだな」
ロブソンがぼくを見て、にやにや、笑っている。
「十斗、明日から、パパね、レコーディングなんだ」
「うん」
「お金、足りてるか? ごはん、食べてるか? しまちゃんと仲良くしているか?」
「うん。大丈夫」
「たまには、ごはん、食べに来いよ」
「うん。行きたいけど、でも、忙しいんだ。大学がはじまった」
「おお、そうか。そりゃあ、勉強が大事だからな」
新しいアパルトマンのことで、ぼくがやらないとならないことがあるようで、それのお願いのための電話であった。
電話を切った。
ロブソンが、息子の写真をぼくの目の前に突き出した。
「この子のためのアルバムを作ろう。君が一生懸命フランスで生きてきた証をアルバムに刻もう。その音を、この子は何十年後か、彼の子供たちと聴くんだ」
「・・・」
ぼくはめっちゃ泣いてしまった。
生きているのは、こんなことの連続なのであーる。

滞仏日記「息子ロスの中、2歳の息子がぼくのハンチングをかぶる写真を見つけ」

※ ランチミーティングは、南仏ソーセージのプレート。美味しかった。



つづく。

ということで今日も読んでくれてありがとうさまです。
ロブソンの一言、めっちゃ、胸に刺さりました。明日からのレコーディング、いいアルバムにしますね。息子がぼくを思い出す時に、懐かしんでくれるような、この在仏20年のすべてをそこに注ぎ込んで、歌いたいと思います。
さて、父ちゃんからのお知らせですよ。
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※今はこの子を育てることがぼくの生き甲斐です!!!! さんちゃー--ん。



 

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