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滞仏日記「大学が凄く楽しいと興奮気味に語る息子を見つめる父親の幸福」 Posted on 2022/09/22 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、夕刻時、息子から、電話がかかってきた。
「今ね、家の近くでシマとお茶しているんだけど」
珍しく、明るい声音である。
「ほー。シマちゃん、あれ? いつルーマニアに行くの?」
彼女はこの9月からルーマニアにある医科大学に入学する。4年間、ルーマニアで過ごし、次の2年間はフランスの医学大学で学び、お医者さんを目指すのだ。
「明日」
「じゃあ、今夜は、シマちゃんとごはんだね」
「いや、彼女は家族と。だから、ぼくも家に行っていい?」
「まじか。今ね、引っ越しだから、料理できないんだ。メイライ(中華)にでも行くか?」
「うん。行きたい」
というので、夜、やってきた。
ぼくが引っ越しの梱包をやっているあいだ、息子君、三四郎と遊んでいた。
「大学、どう?」
「うん、凄く楽しいよ」
「ほー、よかったね」
ぼくら二人と一匹はレストランへと向かった。

滞仏日記「大学が凄く楽しいと興奮気味に語る息子を見つめる父親の幸福」



「朝から晩まで授業なんだ。授業のない日はバイトなんだ。その中でも、都市開発の授業がとっても面白い。将来、大きな街を創造する仕事に従事するんだよ。その勉強が死ぬほど面白いんだ」
輝いた目で、語る息子くん。
授業が面白い、というのはとっても素晴らしいことである。
将来の方向性が決まらずに、父ちゃんと揉めた高校三年生の頃のことを思い出した。このような未来が待ち受けているとは、あの頃、想像も出来なかった。
なんとかなるものである。
「先輩たちが、毎週、木曜日に一年生を集めて、飲み会を催してくれる。それがまた、凄く楽しい。この学校のすばらしさを上級生が教えてくれるから、ぼくらのモチベーションもあがる」
「へー、いいね。先生はどう?」
「いい先生ばかりだよ。みんな都市開発の専門家なんだ。毎週、都市開発の授業が4時間、地球全体の地理の時間が4時間、法律が4時間、あと8時間は専門のプログラムを受けている」
「へー、よくわからないけど、楽しいんならいいね」
「3年後くらいに、アメリカの大学に留学することになるかも」
「おー、いいね」
「その後、日本とフランスを繋ぐプロジェクトに参加したい」
息子の夢は大きく膨らむばかりだ。今のところ、うまくいってるようである。
父ちゃんは安心した。



「なんでも好きなものを頼め」
「バイトと学校の往復で時間がなくて、毎日、一食なんだ。だから、めっちゃお腹空いてる。たくさん注文していい?」
「ああ、いいよ。もちろんだ」
息子は、飲茶、蒸し魚、唐揚げ、炒飯、ふーよん(中華風卵焼き)鳥のレモン風味揚げ、などを注文していた。おいおい、食べすぎやろ?
でも、久しぶりの親子の時間であった。
「シマちゃんとはどうなの?」
「どうって?」
「いつも家にいるから」
「ああ、仲良しだからね」
「恋人?」
「だから、限りなく恋人に近い親友だよ。ダメなの?」
「いやいや、変な詮索はしてない。パパはお前以上に嬉しいんだ。あの子はいいこだから」
「うん。それは間違いない」
「ルーマニアの医学大学に行ったら、しばらく会えないね」
「いや、ルーマニアなんて、近いよ。東京と福岡くらいのイメージだよ。会いたければ2時間であえる。それにぼくら学生だから、今は勉強が大事なんだよ」
「そうだ」
「たまに会うから、楽しんだ」
「そうだ」
「彼女は医者を目指している。ぼくは都市開発のプロデューサーになる」
「そうだ、そうだ」
「その先に、何が待ち受けているかわからないけど、若いんだから、特定しないでもいいんだよ。違う?」
「そうだ、その通り」
なんか、会わない間に、見違えるようにお兄ちゃんになった。
「この間、彼女に唐揚げを作ってあげたんだ。美味しいって、喜んで食べてくれた」
「いいね。うまくいってるね」
「パパ、ぼくは幸せになりたい。家族がほしい。きっといいパパになる自信があるんだ」
「そうか、それが何よりだ」
息子は中華料理を完食してしまった。
ぼくは三四郎と一緒に地下鉄の駅まで息子を送り届けることになる。
階段を下りる息子の後ろ姿を激写しておいた。
その姿に涙が出た。
幸せにさせてやれなかったから、彼が幸せを目指していることが何より嬉しかった。
いい人と巡り合い、幸せな家庭を築いてほしい、と思う、気の早い父ちゃんなのであった。

滞仏日記「大学が凄く楽しいと興奮気味に語る息子を見つめる父親の幸福」

※ 息子が持っているのは、ぼくがあげたカジュアルなスーツ。ぼくはもう着ないし、そもそも、ちょっと大きめだから、彼にちょうどよかった。そのスーツを着て、レストランで働けばいいのだ。

滞仏日記「大学が凄く楽しいと興奮気味に語る息子を見つめる父親の幸福」

※ 遠ざかる息子、それが巣立つということである。

滞仏日記「大学が凄く楽しいと興奮気味に語る息子を見つめる父親の幸福」

※ がんばれー。



つづく。

今日も読んでくれて、ありがとう。
帰り道、三四郎がぼくにぴったりと寄り添ってくれたのがまたまたうれしかったのです。いつもは歩かないのに、家路の間、ずっとぼくの横にはりつき、すたすたと歩いてくれて・・・。この子にも、何かわかるのかな~。明後日、三四郎は一歳になります。嬉しいですね。
さて、そんな父ちゃんからのお知らせですが、まずは、「ボンジュール、パリごはん、夏編」が明日、23日に、放送となります。秋だけれどね・・・、苦笑。
■「ボンジュール!辻仁成のパリごはん2022夏」
 本放送:2022/9/23 金曜日 22時〜22時59分
番組ホームページもできましたのでお知らせします。
https://www.nhk.jp/p/ts/6XW8NZ748V/episode/te/ERJW2WJQ8B/
そして「2022春」「2022夏」はオンデマンドが1年間になりました。
より長くオンデマンドでは視聴いただけます。

小説教室が本放送の翌日、9月24日(土)に迫ってきました。熱血でいきます。一度は小説を書いてみたいけれど、小説の敷居が高く感じて、なかなか書けないとお嘆きの皆さまに、わかりやすい、父ちゃんの小説講座です。愉しみながら、小説を書いちゃいましょう。
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