JINSEI STORIES

滞仏日記「気管支炎に並ぶかそれ以上辛いことが父ちゃんを待ち受けていた!」 Posted on 2022/09/28 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ちょっとずつ薬が効いてきたようだ。
昨夜は、久しぶりに、熟睡出来た。
こんなに眠ることが心地よいことなのか、と目覚めた時に、天にむかって、メルシーぼく、とお礼をいったほどであーる。
たかが咳だが、本当に苦しかった。
抗生物質は今朝飲んだのが最後となった。コルティゾンはあと一日、きっと、明後日くらいには驚くほど回復しているような気がする。
呼吸も楽になってきた。
しかーし、咳にも負けないくらいぼくを辛くさせたことがある。
それは「お酒が飲めない」ことだ。
この3週間、出来るだけ禁酒を心がけてきたが、とくに悪化してからのこの一週間は一滴たりと飲んでない。
我が人生において、これはゆゆしき事態である。
真夜中に、不意にビールが飲みたくなる・・・、気が付くと、冷蔵庫をあけて、瓶ビールとかワインを見つめているのである。
ただ、次の瞬間に、咳き込むので、手が伸びない。
ただ、じっと、無思考状態で、見つめているのであーる。

滞仏日記「気管支炎に並ぶかそれ以上辛いことが父ちゃんを待ち受けていた!」



昨日までの咳は、自動車のマフラーが壊れて、半分落下しているような状態の咳だった。
いや、マフラー自体が脱落するのじゃないか、というほどの、ガタガタと気管支から突き上げてくるような咳なのであった。
喉はぜんぜん痛くないのだけれど、みぞおちの少し上がハンマーでたたかれたような感じになる。
血が出ているかもしれない、と何度もトイレで確かめたほど・・・。
それでも、酒を飲みたいとは思う自分がそれはそれは恐ろしかった。アルチューですか? いいえ、空耳です。

滞仏日記「気管支炎に並ぶかそれ以上辛いことが父ちゃんを待ち受けていた!」



アルチューだとは思いたくないけれど、振り返ると、ぼくはこの20数年間、毎日、休まずにワインを飲んできた。えへへ。
ワイン、ビール、ウイスキーの順番であろう。混ぜても平気なのだ。←何自慢?
シャンパーニュはワインの部類に含まれているので、ダントツで葡萄酒ばかり飲んでることになる。
冷蔵庫にはシャンパーニュと白ワインが常備されている。飲料水コーナーには、シャンパーニュと白ワインしか入ってない。
冷蔵庫を開ける瞬間が、ぼくは人生の日々の中で、もっとも好きな瞬間でもある。
昨夜も(深夜だ)、気が付いたら、冷蔵庫の前で「ごほごほ」咳き込んでいた。
62歳になって、他に愉しみがないのである。
おお、サントーヴァンよ、おおお、麗しのドラピエ(シャンパーニュ)よ、やあ、君は最近のぼくのお気に入り、サン・ロマン君じゃないかね。元気そうだね、いやいや、今日は残念ながら、ちょっと君たちの様子を見に来ただけなんだ。寂しがっているんじゃないかなー、と思ってさ。え? ちょっとビズしてほしい? いや、ちょっとビズしたら、抱きしめたくなっちゃうからね、やめとくよ。ええ?なんてこというんだよ。軽く一杯なんて、そんなの無理よ。きっと飲んだら、その瞬間は、飛び上がるほど最高なんだろうとは想像出来るけれど、でも、その30分後、身体が熱をもって、それから間違いなく、激しく咳き込んで死にそうになるんだからねー。君たち、ぼく、死んじゃうかもしれないよ、わかってるのかい、誘惑するもんじゃない。そんな目で見つめるなー」
つ、辛い。

滞仏日記「気管支炎に並ぶかそれ以上辛いことが父ちゃんを待ち受けていた!」



「ひとなり、今日はレコーディングにも参加できなかった。もし、肺炎になったら映画の残りの撮影さえ出来なくなる。みんなに迷惑をかけているんだ、我慢しろよ」
今日は、ロブソンのスタジオで、ジョルジュのパーカッションの録音の日であった。でも、参加することは出来なかった。悔しい・・・。
しかし、プロなのだから、ここは我慢である。愛すべき白ワインくんたちよ、もう少し、ここで夢見ていておくれ。
そして、冷蔵庫の扉は静かに閉まるのだった。バタン・・・。
「満腹のまま爆睡」
ただこれだけのことだけど、なんて、素晴らしいことだろう、と思うこの頃である。食いしん坊の代表である父ちゃんは、稼いだお金を酒とうまい物に費やしてきた。
これからもあくなき美食の道楽にまい進していきたい。そのためにも、ここは我慢なのであった。

滞仏日記「気管支炎に並ぶかそれ以上辛いことが父ちゃんを待ち受けていた!」



つづく。

今日も読んでくれてありがとうございました。
で、運送会社さんから電話がありまして、引っ越しは10月の1日と2日のどちらか、ということになりました。それまでにはぜったい荷物はまとめられると思います。3日に三四郎を迎えに行き、4日は息子とサンシーと新しいアパルトマンで家族水入らずでご飯でもしようかな、と思っている父ちゃんなのであります。ああ、呑みたい。ううう、手が震える・・・。アルチューですか、いいえ、或る中年です。
さて、そんな禁酒父ちゃんからのお知らせです。
10月31日にオンライン講演会「プロの編集者から学ぶ。物書きを目指す方々への最強アドバイス」を開催いたします。そうなんです。父ちゃん、映画が完成をするので、10月の後半からまたまた日本出張になります。気管支炎、治さないと。
今回は、辻仁成のエッセイ集「息子とぼくの3000日」や、小説「孤独にさようなら」を担当した現役担当編集者2名を招いて、編集者サイドから考える、作家のあり方、物書きになるための道、新しい書き手へ向けての編集者側からのアドバイスなどを、オンライン講演会形式でお送りいたします。父ちゃんが物書きへの道を語りつつ、その都度、お二人にご意見を聞いて、より、深い講座にさせてみせます。ごほごほ。本当に一つ上の書き手を目指される方々に必要な講座となるでしょう。
同日、都内某所の特別教室にご出席希望される方から抽選で40名の方をご招待させて頂きます。
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滞仏日記「気管支炎に並ぶかそれ以上辛いことが父ちゃんを待ち受けていた!」



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