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滞仏日記「ぼくのことを危ない日本人だと思っていたカフェのマダムの誤解!?」 Posted on 2022/12/03 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ここ最近の悩みは、2000席分のチケットをどうやってフランス人に売るか、であった。いくら熱血父ちゃんでも、それはかなり大変なことである。
日本でも2000席完売は容易ではない。
なのに、フランスではヒット曲もない、ただの弁当作家の父ちゃん、である。
ペットショップボーイズのチケットが例のカウントダウンの後、昨日から発売になった。来年の6月らしい。
一方、知名度のない父ちゃん、どうなることやら。
ライブは半年後だから、悲観してもしょうがないけれど・・・。
「これは誰のぴあなの?」
「おらんぴあ」
という夢を見た。夢の中でもだじゃれをかっ飛ばしている父ちゃんである。あはは。
でも、その夢の中で、とある人が人っ子一人いない会場を指さして、
「客席にだれもおらんぴあ!」
と叫んだのである。おらんぴあ???
ぼくはだれもいない会場を振り返り、驚き、飛び起きてしまった!
「辻なんか、誰もしらんぴあ~」

滞仏日記「ぼくのことを危ない日本人だと思っていたカフェのマダムの誤解!?」



フランスは今、コロナ、インフルエンザ、気管支炎が流行中なのだ。来年5月末にオランピア劇場での単独ライブを控えている父ちゃん、インフルエンザのワクチンを接種するため、前のアパルトマンにほど近い、馴染みの薬局へと向かった。
フランスは薬局で、インフルエンザのワクチンを打つ。20€、2800円であった。
顔見知りの薬剤師さんたち(マダム)が、久しぶりね~、と笑顔で出迎えてくれた。ほっとする街かど。
ワクチンもうったので、帰ろうとしていると、三四郎が「もじゃ男」のカフェへ向かって猛然と歩き出した。強い意思で向かっているので、仕方なく、一緒に中に入ると、店主のブリュノさんが出迎えてくれた。
三四郎にビスケットをくれる心優しいムッシュである。
奥さんは、美人でいい人だけれど、あまりお客さんとの関係に踏み込んでこないクールなマダム、という印象があった。
ブリュノがやって来た。そして、三四郎をじっと見つめた。
「しまった。今、ビスケットが切れてる。ぼく、サンシーに嫌われちゃうかな」
こんな、可愛いことを言う店主なのである。もじゃ男が後ろでクスクスと笑っていた。
新しいアパルトマン周辺に、馴染みのカフェは、まだ一軒もない。
ぼくは店のテラス席で、カフェオレを注文した。懐かしい味であった。
「日本に帰ったわけじゃないんだね」
とブリュノがやって来て、言った。
「そうそう、引っ越しただけ。ライブが終わるまでは戻れないかな」
「ライブ? ミュージシャンなんだ」
おっと、そういえばここのカフェに通うようになってまる4年。ぼくは名乗ったことも、素性をあかしたこともなかった。
ただ、毎日、角の席に座って、カフェオレを飲む日本人でしかなかった。
「言ってなかったっけ?」

滞仏日記「ぼくのことを危ない日本人だと思っていたカフェのマダムの誤解!?」



ぼくは携帯を取り出し、オランピア劇場の宣伝写真を見せた。
すると、ブリュノが、あからさまに驚いたのだ。
マジか、来年、5月29日か! 自分の携帯でその告知画面を撮影しはじめたのである。
いちいち全員に自己紹介をしたわけじゃなかった。
みんなとは顔見知りだけれど、ぼくが何者か知ってる人は、マーシャルやピエール、アドリアンなど限られた人だけ。
「いや、いつもあの人は何しているんだろうねって、妻と話していたんですよ」
そんなことをいきなり白状された。
「だって、犬と来て、カフェオレ飲んで、ふらふらしているから、仕事あるのかな、とか思ってたの」
「あはは。マジすか」
「ここの常連たちも、実は、いつも君のこと噂していたんだ。あの日本人、ロン毛で、犬を連れて、変な恰好しているし、夏でもブーツだし、フランス語も変だし、ごめんなさいね、なのに、何で、ロックダウンの時期も日本に帰らないでここにいるんだろうねって」
えええ? 
やれやれ。ぼくはそんな風に思われていたのか・・・。
「ひどいね。それは」
「妻も実はずっと怖がっていたんだよね。何か、やばい人じゃないのかって」
「やばい???」
ぼくは奥さんの方を振り返った。目が合ったけれど、逸らされてしまった。おーまいがっ。人間不信になりそう!

滞仏日記「ぼくのことを危ない日本人だと思っていたカフェのマダムの誤解!?」



がっかりしたので、カフェオレをのみほし、帰ろうかな、と支度していると、不意に店内にぼくの歌声が轟きだしたのだ。
え? 
レジの方を振り返ると、キッチンのシェフ、もじゃ男、ブリュノ、そして奥さんが身体を揺さぶっている。ありゃ?
ぼくは立ち上がり、吹き出しそうになって、レジへと向かった。
「いいね、このライブ」
ナイジェリア人のシェフが言った。この人のこんな笑顔、はじめてであった。
横浜ビルボードのライブじゃないか。YouTubeで検索したのである。
この4年間、一度も笑顔を見せたことがなかったブリュノの奥さん、ぼくを怖がっていた麗しのマダムが、満面の笑みで、身体を揺さぶりながら踊っている。そして、
「こういう音楽、好きよ」
と口にした。
「あなた、アーティストなのね。よくわかったわ。だから、ロン毛で、そんな不思議な恰好をしているのね」
不思議って・・・。ロングブーツ、ロングコート、ハット、ロン毛、確かに、変か・・・。すると、ブリュノが、
「必ずチケット買うね。ぼくと妻は行く。もう、今日にでもすぐに二枚おさえるからね」
と言い出した。
「ほんとうに?」
ぼくは驚いた。
「ああ、ほんとうだとも。オランピアだよ。この町の連中に声をかけるよ。この音楽、みんなに聞かせてもいいかい?」
ぼくは視聴が始まったばかりのニューアルバムのアドレスをブリュノに教えた。
「あ、フライヤーを今、印刷しているから、置いてくれるかな?」
「もちろんだよ。出来たら持ってきて、みんなに配るから」
なんて、素晴らしい、とぼくは思った。
音楽が配信されて、ポスターをあちこちに貼ったら、奇跡が起きるかもしれないな、と思った。
まずは、ぼくのことを知っているフランス人たちに、チケットを売って行こう、と思った。
「だれもオランピア」にはさせるもんか、と思った熱血父ちゃんなのであった。
はい、皆さん、大声で、「合言葉は熱血~!」

滞仏日記「ぼくのことを危ない日本人だと思っていたカフェのマダムの誤解!?」



つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
いやはや、不安もありますけれど、希望も出てきました。まだ、半年という時間があるのが救いです。諦めないで頑張りますね。日本の父ちゃん、満席の大舞台で「ZOO」を歌いたいです。えへへ。
さて、年末恒例の大イベントがもう一つ。このカフェも含む、父ちゃんにとってなじみのカルチエを練り歩く、ブラタモリ、間違い、ブラツジを22日に開催いたします。ブリュノのカフェに寄るかは、まだ決めていませんが、最終ゴールはマーシャルの八百屋になります。そういう、冬のパリの散歩道イベント、よければご参加くださいね。詳しくは下の地球カレッジのバナーをクリックくださいませ。

地球カレッジ



自分流×帝京大学

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