JINSEI STORIES

滞仏日記「ここにもおった熱血おやじ。いったい人間はいつまで夢を描けるのか」 Posted on 2022/12/04 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、「人間というのは何歳まで夢を持つことが出来るの?」
これはうちの息子が小学生になったばかりの頃に、ぼくに向かって言った言葉である。
いつがリタイアのタイミングなのか、いつが人生の諦め時なのか、それはぼくにもわからない。
でも、会社員なら定年退職の年齢に差し掛かったぼくや野本にとって、この年代から何かを始めるというのは大変なことである。しかも、異国で。
この日記の重要な登場人物でもある、オペラ地区で30年も続いた老舗うどん屋「国虎屋」の店主、呑もちゃんこと野本氏が、このまま人生に胡坐をかいて生きていてはつまらない、と言い出し、パリで30年うどんを広めたことを人生の一つの踏ん切りとし、次の30年を焼き鳥と向き合いたい、と言い出したのだった。
ちょうど、ぼくがオランピア劇場でライブをやりたい、と言い出した頃に、このおやじは、「ひとなり、俺は焼き鳥をフランスで広めたい」
と決意を語りだしたのであーる。
最初こそ、いいね、と言ったが、オランピアで日本人がライブをやるのに負けないくらい大変なチャレンジでもあった。
「焼き鳥やったことあるんかい?」
「ない。でも、30年和食と向き合ってきたんだ。自信はある」
ぼくは大の焼き鳥好きで、日本滞在中はほぼ連日、焼き鳥屋をハシゴするような鳥人間だから、ぼくの行きつけの店を野本に教えた。あそこはうまいよ、と・・・。
すると64歳の彼はこの夏、店をしめて日本に修行に出たのであった。
ぼくの友人の若い料理人たちの元で修業をするために、である。
パリの料理界では重鎮の野本が、都内の焼き鳥屋でスタージュ(研修)のようなことまでやった。その意気込みはマジ凄いと思った。なかなかできることじゃない。
人間は王座に一度座ると、そこからおりて一からやり直すことなど考えない。成功しているのに、なんでそんなことまでやるんだ、と誰かが聞いた。
「生きてる限り、チャレンジしないと。今がその時だと思った」
こうかえってきた。実際には日本語が意味不明な野本なので、
「あ、あ、ええと、あれやね、その、ほら、生きてるわけやから、チャレンジしないと、ねー、それが面白いやろ、今、やらなって、思った。ひとなり、お前が、オランピアで歌うっていうからさ、な、ほら、そういうの、あるやろ」
となるのである。
要約すると、人生はチャレンジ、ってことになる。

滞仏日記「ここにもおった熱血おやじ。いったい人間はいつまで夢を描けるのか」

※ いつもの呑んだくれた変顔はどこにも、ない。

滞仏日記「ここにもおった熱血おやじ。いったい人間はいつまで夢を描けるのか」



滞仏日記「ここにもおった熱血おやじ。いったい人間はいつまで夢を描けるのか」

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※ やばい、雲丹とキャビア!

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※ 相変わらず、イジアちゃん、かわいい。ツジー、オイシイネー。

長年の夢が叶って、ついにうどんから、焼き鳥を中心にした和食店にリニューアル変更をするというので、父ちゃんは相棒のマーシャル一家を引き連れて、試食に出かけることになった。マーシャルは日本好きだが、焼き鳥ははじめてなので、好都合。
いつも何を言っているのか、日本語が意味不明な、今一つ言葉の通じない呑もちゃんが、まじで真剣な表情で焼き鳥と向き合っていた。
いつも、ぼくの横で吞んだくれているあの同じ男か、というくらいの気迫がある。

滞仏日記「ここにもおった熱血おやじ。いったい人間はいつまで夢を描けるのか」

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「むむむ」
と思った。
故郷の土佐から取り寄せた備長炭で焼いている。
パリにも焼き鳥屋はたくさんあるが、中国・アジア系のすし屋さんで出される組織的な焼き鳥が主流、当然、炭火焼などは聞いたことがない。
モンパルナスの「鳥兆」さんなど、本当に数えるほどしか本格的な焼き鳥屋はないのが実情だ。広め甲斐はあるけれど、果たして、四国うどんでおさめたような成功を手に入れられるのか、・・・。

滞仏日記「ここにもおった熱血おやじ。いったい人間はいつまで夢を描けるのか」

※ 〆はうどん! 鳥スープのうどん、美味い!

滞仏日記「ここにもおった熱血おやじ。いったい人間はいつまで夢を描けるのか」

※ 和風デザートまで・・・。



食通の八百屋の店主マーシャルさん、女性誌などの広報をやっている奥さんのステファニー、そして華麗なる4歳児のイジアちゃんとぼくは野本が炭火で焼いた鳥を食べはじめたのである。
香り豊かな上品な味わいの焼き鳥が出てきた。
ポワロー葱を挟んだネギ間は絶品であった。
ピジョン(ハト)のもも肉も美味しかった。
仄かに甘いタレがかかったつくねも美味であった。
乳飲み仔牛の胸腺の串揚げも出てきた。
もちろん、今日が初日だったので、炭の難しさを実感しているようだったが、マーシャルは「感動しました」と言い残して帰って行った。ぼくも安心をした。
気づいたら、ハツ(心臓)とかセセリ(首肉)とかのメインの焼き鳥写真を撮り忘れていた父ちゃんであった。
こっちも緊張するからね、友だちだし・・・。ということで完成写真は次回に、えへへ。
なんとか、いい船出が出来そうなのだ。
64歳の友人は、
「あー、つかれた。呑むか」
とキッチンの奥で豪快に笑った。
炭を意味する「シャルボン」を店名にするつもりや、と言った。一月初旬に炭焼きの美味い物を提供する和食店「国虎屋」がグランドオープンするらしい。
いつも、笑わせてくれる野本おやじのあんなに真剣な顔を見たのは、ぼくにとっても、いい刺激になった。ここにまた、終わらない夢が実現しようとしている。
呑もちゃん、おめでとう。
熱血やね!

滞仏日記「ここにもおった熱血おやじ。いったい人間はいつまで夢を描けるのか」



つづく。

今日も読んでくれてありがとうございました。
合言葉は熱血、がここにもまた一人おりました。熱血って、きっと周囲に集まる人間が運んでくる気がします。そういう人間らのやる気が刺激となって、熱い血を奮い立たせるのでしょう。ぼくも頑張ろうと思えた今日の試食会、イジアちゃんが焼き鳥を頬張っている姿が、印象的でした。
さて、さて、ぼくが暮らすこのパリの一隅をクリスマスの直前に歩いてみようというスペシャルイベントを開催することになりましたよ。今回は自撮りではなく、カメラマンさんが同行をして、ぼくが20年間、生きてきたパリのカルチエ(街)を12月22日に散歩します。ゴールで待ち受けるのは、またまた、あのマーシャルです。のどかで幸せなひと時を一緒にブラツジ出来たらなぁ、と思います。冬の散歩道、ご参加を希望される皆さん、下の地球カレッジのバナーをクリックくださいませ。

地球カレッジ



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※ オランピア劇場ライブ、チケット発売中でーす。
直接チケットを劇場で予約する場合はこちらから。

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フランス以外からお越しの、ちょっとチケットとるのが不安な皆さんは、ぜひ、ジャルパック・サイトをご利用ください。こちらです、

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