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滞仏日記、2「やる気が出ない時のポトフ。野菜が食べたい」 Posted on 2020/02/27 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、家事に疲れた。シングルファザーに疲れた。頑張り屋さんなので、時々、こうなる。周期的に鬱になる。これはぼくの一種のサイクルなのかもしれない。
「パパ、何もしないでいいから、今日は寝ていて。ぼくが帰ったら全部やるから」
そう言い残して、優しい息子は登校した。ぼくは息子の言葉に甘えて、ソファに倒れ込んでじっと窓の外の打ち付ける雨を見つめていた。コロナのニュースばかり追いかけていたせいで、気が滅入った。そして、何も食べてないことに気が付いた。このままじゃ、いけない。携帯を消した。人間、常に百パーセントの力で乗り切ることはできない。たまには現実逃避をしなきゃ、身が持たない。散らかった部屋は見ず、天井を暫く見上げていた。

そういう時、必ず作る料理があることを思い出した。それはポトフだ。野菜の旨味が疲弊しきった心に優しい。温かいので身体は温まる。そうだ、やる気を取り戻すためにポトフを作ればいいのだ。

着替えて、角の八百屋まで行き、新鮮なちりめんキャベツ、にんじん、蕪、ポワローネギ、たまねぎなどを買った。ポトフは本当に手間がかからない。野菜をカットして、鍋にぶっこみ、水を注いで、ブイヨンを一つ投げいれ、ちょっと塩胡椒したら、火をつけるだけ。注意点としては、まず、にんじんや蕪などの根菜は下にすること。上にちりめんキャベツなどの軽い、壊れやすい野菜を引き詰めること。荷崩れしないよう、それ以降はもう触っちゃいけない。ほっておくのがコツだ。タイムとかローリエがあればちょっと入れるとなおいい。野菜だけでも十分だが、冷蔵庫にソーセージがあったので、放り込んでおいた。

一時間もぐつぐつやれば勝手に出来上がっている。誰でも作れるうえに、とっても美味しいのがポトフの素晴らしいところである。鍋の蓋をあけて、出来上がったポトフと対面するだけで、気分があがる。おお、美味そうじゃないか!

滞仏日記、2「やる気が出ない時のポトフ。野菜が食べたい」



お皿に綺麗に盛り付け、食べる。あまりの純朴なおいしさに、やる気が復活してくる。人間、やっぱり食べることは大事だ。出来立てのポトフはスープからすすってもらいたい。五臓六腑に旨味が染みわたる。これだ。美味しいと身体が素直に喜ぶ。細胞が動きはじめるのがわかる。粒マスタードで食べるとこれがまた美味い。ぼくはキッチンの丸椅子に座り、ポトフを頬張った。神様からのギフトだと思った。よし、元気が出た。実はポトフはこのまま一日放置しておくと、翌日、野菜に味が染みて、さらに美味しくなるのだ。何もする気が起きない時に、作る一品としては最高に重宝する料理でもある。天才ポトフに父ちゃんは助けられた。お試しあれ! 

滞仏日記、2「やる気が出ない時のポトフ。野菜が食べたい」

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