JINSEI STORIES

滞仏日記「WHOのバカーーーーーーーーー」  Posted on 2020/03/11 辻 仁成 作家 パリ

(注意)この記事は3月11日に配信されたものです。その時代に戻って、今と比較して読んでもらいたい。

某月某日、どうやってこのような予測のつかない世界で生きていけばいいのだろう、と今日はずっと考えていた。この日記を遡ってみると分かるのだけど、日々、思えば武漢封鎖あたりから、想像を超えるような状況が毎日のように続き、さらにはまるでドミノが倒れていくような勢いで世界はその倒れるドミノに飲み込まれ下敷きになってきた。一千万人都市の武漢が封鎖されたり、6千万人の人口を持つイタリア全土が封鎖されるだなんて、60年も生きてきたけれど、予測さえできなかった。こういう事態が世界中で起こっているのだから、明日にでもWHOはパンデミックを宣言するのだろうけど、何を今頃、というのか、とにかくもはや人間に出来ることは待つことだけじゃないか、と思ってしまう。するとぼくの周りはいつのまにか、このウイルスは生物化学兵器なのだ、という人ばかりになった。ま、気持ちはわかるけど、今は冷静になろう。そして、その前に。

滞仏日記「WHOのバカーーーーーーーーー」 



WHOは当初から、新型コロナに感染しても致死率が低いし、軽症の場合が多いから心配しないでいいよ、みたいなメッセージを送り続けてきたけど、この人たちはつねに重要なことを忘れている。感染力の強さと潜伏期間の長さと症状が出ない人が多いせいで、これだけ世界にウイルスが拡散されてしまったという最悪の事実だ。ちょっと想像をしてみよう。致死率が低いという安心材料がWHOに背中をおされて独り歩きしたことで、人々はそのウイルスを持ってあちこち移動し広めてしまったじゃないか。若い人の致死率は低いけれど、高齢になればなるほど致死率はあがるので、ウイルスが伝播する速さが感染症に不慣れな各国の警戒網を構築する速度を上回った。ウイルスを持っているが症状の出ない若い人がイタリアからアメリカに飛ぶのが、ぼくには最新のステルス戦闘機が飛び回るように見えてしかたなかった。世界中にステルス戦闘機が飛び回ってウイルス爆弾をまき散らしているイメージである。しかも、どの国も撃ち落とせない毎日が続いている。WHOはあの議長が、「まだまだ、封じ込められるぞー」と意気込んでいるけれど、まるで昔のサイレントムービーを見ているような気持ちになる。この意見が次第に速度を落とし、彼が苦い顔で、黙り込むのが目に浮かぶ。WHOのバカ、と言っとく。

じゃあ、どうやって? もっとみんなが分かるように、何か具体的なことを示せないのだろうか。国際機関としてのプライドはないのか? あなたたちはいったい何をやっているんだ! このままじゃ、世界は大変なことになる!

WHOが早めにパンデミック宣言をして全世界が強い危機意識を共有し、この拡大の阻止に立ち向かっていれば、アジアや欧州でこれほどの感染者が増えることはなかったかもしれない。WHOの発言は何一つ新しくなかったし、何一つ世界のためにならなかったし、何一つ有効じゃなかった。敵に攻められた後にもっともなこと、分かり切ったことを発言しているだけの集団に過ぎなかった。その集団を信じるしかなかったことが人類にとって一番の不幸でもあった。パンデミック宣言をもっと早く出していれば、確かに、それはものすごいブレーキを経済に発動してしまう可能性があったかもしれないが、一時的なブレーキは早い経済の回復へと繋がったはず。この先に待ち受けている脅威よりはましだったのじゃないか、と思う。国際機関といっても国連も大国には頭が上がらないし、このことは考えるいい機会になったのじゃないか、とぼくは結構厳しい意見を持っている。

でも、もう、遅い。各国はそれぞれの国の考え方で頑張って感染を封じ込めていくしかない。国によってはそれが出来ない国も出てくるだろう。現在は北半球で感染が広がっているが、夏期にあたる南半球でも感染者が出ているので、或いはインフルエンザのように年間を通して地球上で猛威をふるう厄介なウイルスになる可能性だってある。南米やアフリカで爆発的な拡大が起こったら、と想像をすると言葉が出なくなる。こういう中、各国政府が最重要で気を付けるべきことは高齢者と疾患を持っている方々への最大限の防衛であろう。それはとっても大切なことだ。



新型コロナは人類という知能を持った生き物が向き合わないとならない地球規模の試練であり、いずれ巡ってくるこの星の運命的な危機の一つだったのかもしれない。17世紀にペストが流行した時、人々がそこから生還する中で生まれたものがその後の世界に大きな影響を与えていたりもする。この新型コロナはWHOが当初抱いていたような感染症というイメージよりも計り知れないくらいに大きな脅威だったということだ。もちろん、彼らは専門家なので、このウイルスが今までのものとは違うと気が付いてはいただろう。しかし、問題は、彼らは「まだ脅威ではない」と言ったことだ。「最大限の脅威である可能性がある」というべきところを、である。この犯罪はいずれ歴史が検証しないとならない。中国が武漢を封鎖した理由をぼくは憶測で語りたくないが、あの人口を持つ大都市の封鎖は世界史の中でも初めての出来事で、ということは、やはり武漢から新型ウイルスが生まれたと思うのが正しいだろう。どちらにしてもすでにパンデミックと呼んでもいい段階だから、ここからはもうこのウイルスと生きることを考えるしかないと思っている。このウイルスをインフルエンザのようによく知り、勉強しつくし、周知してしまえばこの未知のウイルスと共存できるかもしれない、と思い始めている。研究こそが大事だ。人類に何が出来るのかを割り出していく、それが次の時代を生き残る人間たちがやるべきことだ。WHOの残された使命は、アフリカを助けることだろう。ぼくは今すぐに解体してやりたい機関だけれど、アフリカなどの後進国のためには、必要なので、残すしかないと思っている。日本はCDC(アメリカ疾病予防管理センター)やWHO以上の日本独自の感染症予防の組織を作るべきかもしれない。

自分流×帝京大学