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退屈日記「悪口聞こえてきても、同じ土俵に下りるな」 Posted on 2020/03/23 辻 仁成 作家 パリ

どうしようもない言いがかりを受けることがある。
人間生きていれば火の粉、とばっちり、矢の一つや二つ、降ってくるのは仕方ない。
普通に生きていても思いもよらず喧嘩をふっかけられることがある。
災いというものは思わぬところからやってくるものだからこそ災難というのである。
しかもだいたいは非常にくだらないレベルだ。
ぼくだって、よくある。
くだらない言いがかりを受けたり、悪口陰口言われたり。人間、無傷で生きられる人は無いのだ、と思っておくのがいい。
じゃあ、そういう時、どうするのか。
問題はそこだ。

「同じ土俵に下りるな」

ぼくはつねに自分にそう言い聞かせてきた。
ひとたび、その土俵に下りたなら、結局は同じレベルになってしまうし、泥まみれになる。
向こうは引きずり下ろしたくてうずうずしているわけだ。
ならば相手にしないこと、上の土俵に上がるか、別の土俵に行けばいいだけのこと。
時々、ぼくも、わけのわからないメディアの人間に、名指しで意味のわからない批判を受けることがある。
でも、それは罠だからね、ぼくは必ず無視をすることに決めている。
先日も、とある作家がどこだかの媒体で、ぼくの悪口を書いていたか発言したかで、それをぼくの担当編集者がわざわざ、辻さん、こんなこと書かれてますよ、腹立ちませんか、と告げ口してきた。
こういう覚えのある人は意外におおいだろう。
ここで、ムッとして、反論しちゃいけない。
つまり、その人間の挑発にまんまと乗ることであり、その人間と同じレベルに引きずりおろされることを意味しているからだ。
ぼくらがこういう状況でやることはただ一つ、
相手にしないこと、無視すること、つまり
「同じ土俵に下りない」
ことなのである。
ぼくが無視をすると、相手はみじめになる。
ぼくには関係ないと思って黙って先に行くことで、十分その程度の輩には勝利できる。
相手にしないことの強さが大事だ。
そこで時間を使うより、自分の道を極めることに専念するのが本来である。

人間の一生には限りがある。くだらない言いがかりにいちいち反論する暇なんてない。
自分とは違う次元の話だと思うに越したことはない。

けれども、
人間、時には下の土俵に下りなければならないときもある。
執拗に攻撃され、それが愛する者や人間の尊厳に及ぶ場合だ。
そういうときは「命がけで戦え」と自分に命じる。
もう数年前になるが、ある愚か者が、ぼくを攻撃したいがために、息子を攻撃したことがあった。卑怯極まりない人間だった。
たまたまぼくがバーで飲んでいたら、その男が入って来たので、直接文句を言った。
息子を愚弄するなら、容赦しないぞ、と言っておいた。
もちろん、こういう人間は目を逸らし、こそこそと退散をする。
所詮その程度なのだけど、言っとかないと愛する者が傷つくので、容赦はしない、でいいよ。
容赦しない理由もない。

こういうことは滅多にあることじゃないが、一生で何度かそういう火の粉がふってくることはある。
そういう時は、本気を見せろ。
本気で戦う人間に、くだらん連中が勝てるはずがない。真剣に生きる者は強い。
家族を愛する思いに勝てる悪口陰口などはない。

しかし、自分への批判なら、無視で終わらせる。そんなことのために貴重な時間を使う必要があるだろうか?
自分への悪口など相手にするほど暇じゃない。そもそも、陰口や悪口言う人間は暇人なのだ。他人の焼きもちは勲章だと思っておけばいい。大事なことは、くだらない土俵に決して下りないこと、これだけである。



そもそも、火の粉が降るような土俵に自分がいたことも問題かもしれない。
あまりに火の粉がふってくるならば、もしかすると、自分にも多少の非があるのかもしれない。
謙虚に思うことも大事だ。一割は自分にも責任があるのだと思えるのであれば、この話はここまでにしよう、と、割り切り、終わりにするのがいい。
割って切った悪い部分をそこに捨てて、次のさらに素晴らしい土俵を目指せばいいだけのことである。
一生は短いのに、そんな世界で何をぐずぐずする必要があるだろうか? 笑って切り捨て、出発しよう。

本当の反省とは外に対して言葉で謝ることじゃない。本当の反省は自分を内部で変えることかもしれない。
語源はわからないが、反省とは、振り反って省みる、から生じた言葉だ。
自分の中の慢心とか傲慢がそういう輩を引き寄せたわけだから…。

ドイツ哲学などの「反省哲学」が語源という説もある。自分を振り返るとき、人間は哲学を持つ。
哲学は逆を言えば反省から生まれてきた思考かもしれない。
本当の反省を持った人だけが前に進めるのだ。
同じ土俵に下りず、なぜこのような連中が現れたか、ちょっとだけ反省し、口元に苦笑いを浮かべたら、再び前を見つめ、奥歯を噛みしめて前に進めばいいだけのことである。

さあ、すっきりした。今日を精一杯生きたろう。

退屈日記「悪口聞こえてきても、同じ土俵に下りるな」



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