JINSEI STORIES

滞仏日記「ロックダウン(外出制限)の恐ろしい罠」 Posted on 2020/03/25 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今日は家から出なかった。日本テレビの「ZIP」から電話取材があり、日記に書いたロックダウンについて訊きたいということだったので、もう少し自分の声で説明をすることになる。昨日がミスターサンデーで、その前がTBSの早朝番組の電話生出演があった。いろいろと間違えた情報も流れているので、そうじゃないんだ、と言いたいので受けるのだけど、電話で言えることには限界があり、電話を切った後、奇妙な気怠さに見舞われる。でも、日本の皆さんも不安だろうから、ぼくと息子が経験していることがいつか日本でロックダウンが起こった時の小さな備えになるならばとメモをとったり気が付いたことはこうやって日記に書いて伝えたいと思って頑張ってはいるのだけど…。

とにかく、やることがないし、こういう状況だと外出したくもなくなるし、最初は息子と燃えていた筋トレも既にやらなくなってきた。するとフランス人の友だちから次々に「注意をしろ」というメッセージや映像が届いたので、なんだなんだ、と慌てて開いたら、ジャージばっかり履いているとジーパンが履けなくなるから、今すぐ試せ、と書かれてあった。慌てて、いつも履いていたスリムジーンズを履いたら、うう、確かに太ももが、やばい。

滞仏日記「ロックダウン(外出制限)の恐ろしい罠」

滞仏日記「ロックダウン(外出制限)の恐ろしい罠」

※ ロックダウンの前、と、ロックダウンの後…、みたいな。

滞仏日記「ロックダウン(外出制限)の恐ろしい罠」



つまり、他にすることがないので、ついつい食べ続けてしまうのである。あり余った時間に対して、それくらいしか愉しみがない。しかも、ぼくは料理が得意なので、つい凝ってしまうし、美味しいものを大量に拵えてしまう。今日のランチはシンガポールライスだったし、午後にはタルトタタンを作り、夜はあまりに時間があったのでゴマペーストを使って担々麺を作った。(カロリー度外視!)

他にすることがないという理由だけではない。これらの暴飲暴食は、どうやら心理面から来ている要素が強いようだ。つまり、経験したことがない封鎖措置の、そこから来る不安のせいで、つい食べるものに手が出てしまう。今後、食べられなくなるかもしれないという不安から、今、食べられるうちに食べておこうという心理が働いてしまうのだ。これは実に恐ろしいコロナの副作用と言える。外出してもスーパーしか行けないので、すでにストックが十分あるのが分かっていても、ビールや生ハムなどを買ってしまう。普段、それほどビールを飲まないぼくが昼も夜もビールを飲んでいるのだから、太るに決まっている。しかも、体重計の電池が切れていて、特殊な電池だからスーパーでは買えないし、ぼくはいったい今現在何キロなんだ!しかも、タルトタタンがこれまためっちゃ美味しくて、味見をしたら、やばかった。

滞仏日記「ロックダウン(外出制限)の恐ろしい罠」

まだ外出制限が発動されてからわずかに一週間だというのに、息子との会話も激減してしまった。昼間、学校があるからこそ、夜、会うと「どうだった? 楽しかったか?」という会話が成立するのだが、毎日、朝から晩まで一緒なので、「またお前か」みたいな感じになり、「おはよう」も「おやすみ」も消え失せた。廊下ですれ違っても、無視、みたいな、冷たい空気漂う辻家なのである。食事時が近づくと、ただ食事を作る義務をこなし、「出来たぞ、飯―」という号令だけが二人を繋ぐ。ともかく、外出制限の成果が出るまでにはまだまだ長い長い時間が必要な感じである。

「なんで、パパは急にロックダウンって英語使いだしたの? あとさ、オーバーシュートって何?」
 夕食が終わって、ぽつんと息子が言った。
「え? ああ、ロックダウンは外出制限のことで、オーバーシュートはきっと感染爆発みたいな意味だと思う。日本のニュースが全部その表記になったんで、つい。ごめん」
「日本人なんだからさ、日本語で言えばいいじゃん。おじいさんおばあさん、わからないでしょ? 一番そのことを届けないとならない人たちにロックダウンって言葉、愛がないよ」
と怒られた。今日の会話はこれだけだった。あ、もう一つ、
「あとさ、こんなに食べられないし、毎日毎日、作り過ぎだよ。ぼくを太らせる気?」
であった。
あああああああ、コロナのバカ野郎~、息子に叱られたじゃんかぁ!!!  

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