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退屈日記「一日一度の息子とのジョギングが幸せを呼ぶ外出制限の世界で」 Posted on 2020/03/29 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、朝食後、息子を連れだして、近所をジョギングしている。外出証明書に必要事項を書き込み、健康のための外出欄に印をつけて、いざ、出発。公園の周辺はロープが張り巡らされ、立ち入ることは出来ないが、周辺は走ることが出来る。自宅を中心にした半径1キロ以内、これが意外と広範囲に及ぶのだ。1時間走れるので、まあ、十分な運動量を確保出来る。ロックダウンのおかげで、ぼくはむしろ運動をするようになった。毎日、家では筋トレ、家の外は散歩かジョギングという生活が続いている。

退屈日記「一日一度の息子とのジョギングが幸せを呼ぶ外出制限の世界で」



外に出ると、快晴が続いていることもあり、割と多くの人が社会的距離を守りながら、ジョギングや散歩をしていた。目が合うと、ボンジュール、と声をかけてくれる人もいる。少しずつロックダウン生活に人々が慣れだしたという証拠かもしれない。若いカップルがジョギングをしているのが目立った。老夫婦は散歩をしている。日曜日の午後の光景と重なる。ぼくは息子と並んで走りたいのだけど、さすが現役のバレーボール部員、2週間部屋に閉じこもっていたくせに、いや、実に早い…。
「おい、待て、先に行くなら、外出証明書だけ、持っとけ」
そう言って呼び止め、証明書を持たせた。その途端、物凄い勢いで走り出したので、ぼくは
「パパは、ここで、体操しているから、戻って来いよ」
と声を張り上げた。やれやれ、ついていけず情けないが、息子が元気になってホッとした。息子が戻ってくるのを待ちながら、ラジオ体操のようなことをしていると、ぼくのちょっと前方でパトカーが止まり、警察官が降りてきた。

退屈日記「一日一度の息子とのジョギングが幸せを呼ぶ外出制限の世界で」



そして、走っている車を停止させ、歩道側へと誘導した。コントロールである。まず、警官は窓に両手をつき、開けなくていい、と意思を伝える。警察官は二人組だが、マスクをしていない。だから、窓を開けないでいい、ということなのであろう。噂には聞いていたが、本当にマスク不足のようだ。警察のトップが政府に怒っているというニュースを読んだばかりであった。窓越しに、書類の提示をさせた。警察官二人も社会的距離を保っていた。(車内では隣同士なので、どうなのだろう。心配にもなる)
一人の警官がそこを離れ、彼らのことを撮影している男の人を呼び止めた。男が持っているのは望遠鏡のついた一眼レフカメラ、そして、自転車で移動をしているようだ。間違いなく、外出制限では認められていない恰好と行動ということになり、罰金の対象者である。男は外出証明書と身分証明書を提示したが、すぐに開放されたので、もしかするとジャーナリストかもしれない。警察官がこちらを振り返った。ドキドキ…。生まれて初めてコントロールを受けるチャンスでもあった。取材のチャンスだと待ち構えていたら、息子がやって来て、ぼくの肩を叩いた。警察官は踵を返し、パトカーに戻って行った。残念、獲物を逃がしてしまった。
「パパ、少しは走らなきゃ、まだここにいたの?」
「じゃあ、家まで走るか」
ぼくらは家までの2ブロックほどを並んで走った。コロナ戦争は長期戦になるので、まずは精神力と体力の維持が大事になる。
「パパ、見て!」
息子が不意に立ち止まって、通りの反対側を指さした。
「おお、可愛い」
ぼくが手を振ると、そのわんちゃんがぼくら親子をガン見してきた。今度は、息子が手を振った。わんちゃんが息子に視線を移した。絶対、尻尾をふってるはずである。和んだ。息子が笑顔になった。久しぶりに見た息子の笑顔でもあった。生きているものが愛おしい。
「パパ、みんな頑張ってるね」
「ああ、戻ったら、一緒にランチを作ろう」
ぼくらは競うようにしてダッシュで家を目指すのだった。

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