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滞仏日記「あの立花君、羽鳥慎一モーニングショー出演、9分」 Posted on 2020/04/02 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、エイプリルフールだった。朝、知り合いからのラインの音で起こされた。「マスク二枚を首相が全世帯に配るみたい」とのメッセージ。最初はエイプリルフールの冗談だと思って、無視していたが、コーヒーを淹れながら読んだ日本のニュースでそれがほんとだと知って唖然とした。配送料だけで何十億円もかかるのじゃないか? いったいそれは一枚あたりいくらの制作費?二枚なら四人家族はどうするのだろうと思ったり。布マスクは自分の飛沫を遮断する効果があるからいいけれど、0,1ミクロンのコロナ相手(最強と言われるN95マスクでも0,3まで)だと、最前線の兵士に竹やり二本届けるような感じにならないか。その数百億円がもっと他に回ればいいのに、と思った。例えば、アメリカは約11万円、イタリアは約30万円、韓国は約8万5千円程度が補償として現金支給される。フランスは賃金の84%、イギリス、80%、スペイン、100%、が休業補償となる。なので、そっちに回せないのかな、と思うのはぼくだけだろうか?  

滞仏日記「あの立花君、羽鳥慎一モーニングショー出演、9分」



今朝の羽鳥慎一モーニングショーにぼくの生徒が9分も出演したという情報があり、見たという東京スタッフから映像が先ほど届いた。建築設計士を目指し熊本大大学院に在籍する立花君はこのデザインストーリーズが主宰する新世代賞の第二回グランプリ受賞者で非常に有能な青年だ。彼の希望で、副賞の留学システムを利用してもらい、様々な方々の支援を受け、パリに留学してもらっていた。ぼくの家でご飯を食べさせたり、仏語学校に通ったり、パリの建築家たちと交流を深めたり、実際にもう少しで設計の仕事を獲得出来そうなところまで頑張っていた、いわば日本の宝だ。(そのことはDS内の記事でも何度かご紹介させていただいているので、過去記事に譲る)けれども、この度の急なロックダウンのせいで、急遽、留学を切り上げ、日本に帰ることになったのだ。その帰国も慌ただしく、まず飛行機が全てキャンセルされ、なんとか見つけた便に命からがら飛び乗った形であった。フランスからの帰国者が検疫でPCR検査をすることも、2週間隔離されることも当然の義務だから、ぼくだって喜んでやらせていただきたいし、そこは問題ない。けれども、この写真をみてほしい。

滞仏日記「あの立花君、羽鳥慎一モーニングショー出演、9分」

フランスのシャルル・ド・ゴール空港では係員がソーシャル・ディスタンスを最低でも一メートルあけるよう、外国人である日本人に対しても差別なく、感染者が出ないように、何度も注意しにやって来たという。なのに日本ではそういう注意がないばかりか、検疫場前の通路は帰国者の長蛇の列、しかも、ぎゅうぎゅうのすし詰め状態だった。しかも、そのすし詰めの中、二時間以上待たされたのである。検疫官は防護服なので安全だろうが、そのぎゅうぎゅう詰めの列の中には感染者がいるかもしれない。(実際にいた)ならばなおさら、社会的距離の確保をしないとダメじゃないか。海外で一生懸命、罹らないよう頑張ってきた努力がその二時間で水の泡になる。そればかりか命が危険にさらされる。別便で同じ日に羽田に到着した知人の会社員が、その防護服の検疫官に、「これは問題がある。ソーシャル・ディスタンスがとれてない」と抗議をしたら、「今後の課題にする」との冷たい回答だったという。今後とはいつだ。今やりなさい。

この時期、海外旅行してる人間なんかほとんどいない。多くは留学生や企業戦士や国の仕事で海外にいるような方々とその家族。子供もいる。ある意味、日本を代表し、海外で頑張っている人たちであって、決して犯罪者ではない。しかも、立花君は検査結果が出るまで空港のロビーで二日間も硬い椅子で寝かされた。その間、毛布一枚与えられただけだという。陰性だと知らされ、空港を出たところで、羽鳥慎一モーニングショーの方々にインタビューされ、この件が明るみに出た。その模様が、今朝、9分も流され、ぼくの耳にも届いたという次第である。いや、マジで、24歳の未来ある学生にこのような扱いをする国であってほしくないし、どうなっているのだ、日本。

滞仏日記「あの立花君、羽鳥慎一モーニングショー出演、9分」



欧州の国々は一人残らず国民を救おうしているし、ドイツはフランスやイタリアの患者を自国に受け入れベッドまで用意した。そういう国を見習ってとは言わないが、せめて、自国民にソーシャル・ディスタンスくらい与えてほしい。政府はマスクを二枚配る前に、その予算で、同胞を助けることが出来る。留学生は犯罪者扱いで、空港に二日間も寝かされ、「陰性でした、どうぞ帰って」というその対応。じゃあ、言うが、陰性だった立花君がこの後の自主経過観察の間(2週間分のホテル代は立花君持ち)に陽性になったら、羽田空港ですし詰めにさせられたからという可能性が十分出てくるが、その責任は誰がとってくれるのでしょうか。検疫官の皆さん、お仕事ご苦労様です。しかし、明日からでもすぐにソーシャル・ディスタンスをとっていただけないでしょうか? 学生の身を守るのがぼくら大人の役目なので、申し訳ないけど、今日からでもすぐにやっていただけないでしょうか? きつい言い方になって申し訳ないが、ぼくは学生を預かる責任ある大人として言わせていただきたい。自分のお子さんだったら、ちゃんと他人との距離をとらせるでしょ? 違いますか?

帰国者は犯罪者じゃない。それが誇り高き検疫官の皆さんならわかることでしょう? 検疫を受ける人も要請を断らず協力している。同じ日本人を救えないで、誰のための防疫なのだろうか。マスク二枚は有難いけれど、そこじゃないんだよ! 

自分流×帝京大学