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滞仏日記「新型コロナ完全消毒術に続く秘策、不浄の手作戦」 Posted on 2020/04/07 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、英国のボリス・ジョンソン首相がICUに移された。人工呼吸器をつけたということで、ぼくは英国に住んでるわけじゃないが、ずっと彼のユニークな人柄と大胆な行動を追いかけてきた者の一人として心配している。各政権の中枢にいる政治家たちの感染が多いのは彼らが休むことなく対策に追われているからで、それだけ命がけで昼夜仕事をしているわけだから、我々よりはずっとリスクが高いということだ。マクロン大統領も感染爆発の町ミューリューズの最前線の病院を視察しそこから国民に向け力強いメッセージを送っていたが、大統領が感染したら国が動かなくなるので国民を安心させたくて強いリーダーシップを示したいのはわかるが、今は控えるべきじゃないだろうか。テロ現場に赴き、テロとの戦争を宣言したオランド大統領の時と事態も状況も相手も異なる。安倍首相もご自分が感染をしたら多くの問題が滞ることになるのだから、せめて、布マスクではなくN95くらいのマスクで国会や会議などに出席してもらえないものか、とテレビを観ながらいつも心配している。マスクに対する賛否はおいといて、首相や大統領というのはご自身が感染すればどれだけ国の未来を左右するのかということを、危機意識の中にしっかり持っておいてほしいということ。中枢にいる大臣や官僚の皆さんが布マスクで国会に出席してないことは正しい判断だと思う。

滞仏日記「新型コロナ完全消毒術に続く秘策、不浄の手作戦」



さて、昨日の日記に、スーパーで買った商品は家に持ち帰ってから全て消毒すると書いた。今日はもう一つ、ロックダウンが始まってからずっと心がけていることをご紹介したい。インドでは右手が清浄の手、左手が不浄の手と呼ばれている。不浄の手が人間を現し、清浄な手は仏様のことだという。なので、食べ物を口に運ぶのは清浄の手で、今はどうかしらないけれど用を足す時は不浄の手を使うらしい。ぼくは生活必需品を買いだしに行く時、必ずラテックス製の抗菌衛生グローブ(手袋)をはめて外出している。インド人と同じで左手を不浄の手と呼んで、左手でぼくはドアノブを触り、エレベーターのボタンを押す。クレジットカードの暗証番号を押すのも左手である。しかも、さらに細かくわけており、左手の人差し指を不浄の指と決めて、ボタン、などは全てこれに任せる。ウイルスが付着する場所を極力一か所にすることが大事だ。そうすることで、感染のリスクを下げる、とぼくは信じている。右手にもグローブをはめるが、これはいざという時に即座に左手を救出に行けるよう…。家に帰ると、まずグローブを付けたまま石鹸で手を洗い、(本当は捨てたいのだけど、今はモノ不足なので一週間ほどは再利用している。支援物資が日本から届くまで…)、その後、手袋を日干しし、もう一度生の手を洗う。つまり、外出をしたら二度手を洗っている。家にいても一時間に一度は手を洗うようにというお医者さんの言いつけを守っている。神経質になり過ぎるくらいがちょうどいいのかもしれない。



緊急事態宣言は誰のための宣言かをもう一度自分に言い聞かせるのがいいかもしれない。新型コロナは恐ろしいウイルスだけど、ウイルスは媒介する人間がいなければ複製されないので、家でじっとしていれば感染する確率はぐんと減る。人と接触することを極力さけることが一番の効果だ。自分のために緊急事態宣言が出されたのだと思えば楽になる。今までは周りが敵だらけだったが、この宣言のおかげで、自分と同じような考えの人間が見えやすくなるし、発想を変えれば、より安全であることがわかるはずだ。ぼくのように絶対罹るわけにはいかないシングルファザーであり異国で生活している仏語の苦手な若くないオヤジにとって、緊急事態宣言やロックダウンというのはむしろコロナから身を守る上で有難い法令なのである。ロックダウンで強制的に人の動きを封じ込めているからこそ、ぼくのこの不浄の手作戦も、昨日ここで書いた完全消毒術も有効になる。緊急事態宣言など怖がる必要はない。むしろあなたがコロナに罹らないための心強い味方なのだから。

自分流×帝京大学