JINSEI STORIES

滞仏日記「コロナ差別、コロナ偏見こそ国を亡ぼす最も危険な毒性」 Posted on 2020/04/24 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今日は久しぶりにパワーがなかった。そんなに毎日、元気なわけがないのだが、6週目に突入したロックダウン疲れが出ているのかもしれない。自分は大丈夫だと思っていたのだけど、今日、ランチを作ろうと思ったら、いつもは湧いてくる親心が全く出てこない。仕方がないからこんな時のためにと備蓄しておいた冷凍のピザを取り出して、チン、して食べさせた。うまいか、と訊いてみた。うまいよ、と息子心を炸裂させていた。夜はちゃんと作らなきゃと思って、ちょっと今日は仕事もやらず、ベッドで横になっていた。そのベッドの中で、もっと気分を下げる記事を読んでしまった。

医療従事者のへ偏見と差別が拡大している、というニュースだ。専門家会議の尾身さんが、「今日特に強調したいことがある。様々な場所で偏見と差別が起きてしまっている。こうした影響は医療従事者の家族へも向かっている」と強く訴えていた。ちょっとびっくりする信じがたい内容だった。すると、看護師をしているうちの親戚から、「看護師さんがお子さんと公園かどこかで遊んでいたら、多分、非番の日だったのかな、近所の主婦の代表のような人が近づいて来て、どこどこ病院で働いている方ですよね、時期が時期ですから来ないでもらえますか、と言われたみたい。どう思う、ひとちゃん。泣きたくなるわ」というメッセージが届いたのだ。どのような状況下でそういう差別が起きたのかわからないけれど、ここのところ、似たようなニュースをよく耳にするので、結構社会問題化しているのだな、と思った。



欧州では毎晩20時に医療従事者への感謝の拍手というのが続いている。日によって、人数はまちまちだけど、ぼくはフランス人じゃないが、休まず窓をあけて拍手し続けてきた。明らかに肌の色の違うぼくだから、最初の頃は誰もが目を合わせてくれなかった。ロックダウンから6週間目に入り、全ての隣人から手を振ってもらえるようになった。外を歩いていると、ぼくを見つけて手を振ってくれる人もいる。彼らはぼくが日本人だということを知っているわけじゃないけど、でも、何人なんて関係ない。それはぼくが本当にありがたいと思うから叩いているのに過ぎない。でも、もちろん、出てこない人もいるのは知ってる。息子もたまにしか、出てこない。それは個人の自由だ。



しかし、公園で「ここに来ないでもらえますか」と言った人に訊きたいことがある。あなたやあなたの家族が感染をする可能性は逆に今だからこそものすごく高いし、コロナは人を選ばない。その時、あなたは誰に助けてもらうつもり? 看護師さんの世話にはならないつもり?もし、感染が怖いなら、怖がる気持ちもわかるから、百歩譲ったとして、あなたが公園から静かに去ればいいだけのことじゃないだろうか。非番の日に、お子さんと遊んでいる看護師さんに、ここに来ないで、というのは人間としてどうなのだろう。原発事故の時にも、福島から疎開してきた家族に同じような差別があったが、本質は一緒だ。ここはみんなでよく考えてみよう。もしも、このまま医療従事者への差別や偏見が続いたら、医療従事者の中に職を離れる人が出てくるかもしれない。そうなったら医療崩壊を加速させてしまう。尾身さんがおっしゃった負のスパイラルというのはそういうことを指している。お医者さんや看護師さんが頑張ってるのは日本を救いたいという強い使命感からだ。「ここに来ないでもらえますか」は、全国の医療関係者へ向けた悪魔の侮辱であり、責務を果たそうとしている人たちの意志をへし折る悪魔の言葉だ。そうなると困るのは、「ここに来ないで」と言ったあなた自身じゃないだろうか? 今一度、そういう偏見や差別が何を生み出すのか、考えてもらいたい。コロナの思う壺ではないか。

パリの6区に、さくらさんという日本人が経営するレストランがある。ロックダウンのせいで店を開けられないので大変苦しい状態が続いている。なのにこの人は、毎日、お弁当を作って、もちろん自費で、最前線の病院に届けているというのである。看護師さんや先生たちは大喜びだ。今日、たまたま、人伝てに聞いた。さくらさんに、連絡をしたら、この写真が送られてきた。いい写真だ。どんなお弁当だろう。お店が大変だというのに、素晴らしい活動だと思う。ささくれだっていた気持ちが楽になった。夜、息子に和風のクスクスを作ってあげた。うまいか、と訊いたら、うん、いつも美味しいよ、と返って来た。息子心、炸裂である。

20時になったので、ぼくは窓をあけ、いつもよりも力強く拍手をした。相変わらずのメンバーだった。ぼくらは笑顔で手を振り合った。 

滞仏日記「コロナ差別、コロナ偏見こそ国を亡ぼす最も危険な毒性」

滞仏日記「コロナ差別、コロナ偏見こそ国を亡ぼす最も危険な毒性」

自分流×帝京大学