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退屈日記「息子の夢がかなった日、辻家初のUBER EATSで注文」 Posted on 2020/05/25 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、「あのさー、今日のランチ、何が食べたい?」
「あのさー、パパは世界で一番頑張ってるし、最高の料理人だと思うんだけど、ぼくはちょっとお願いがあるんだ」
「なに、どうした?」
なんか、イヤーな予感がした。
「あのさー、ちょっと手の込んだ立派なパパの絵にかいたような豪華なランチを毎日毎日食べるの正直飽きた」
「えええええええ! な、なんて、贅沢な野郎だ」
ぼくは5メートルくらい後ずさりしてしまった。
「ごめん。ぼくは美食って言葉が大嫌いなんだ。パパの料理に対する熱意とか本気度とかよくわかるんだけどさ、ぼくはまだ16歳なんだよ。普通の高校生だ。たまにはマクドナルドが食べたいんだよ」
ぼくは、震える心を必死で抑え込んで、マ、マ、マクドナルドだとォ、と言い返した。
息子が真剣な顔で、ああ、マクドだ、と頷いた。



「しかし、今日は日曜日だ。残念だけど、マクドナルドはやってな、、、、」
息子が携帯をぼくに突き付けた。画面に営業日が出ている。ルーブル店、営業中。やってる!
「パリ市内だと今、このルーブル店がやってるね」
「しかし、今、12時だぞ。パリ市内で、日曜日で一件しかやってないマクドなら、しかも昼の12時に、市民の注文が殺到して、仮に注文出来たはいいが、配達に一時間以上かかってしまうぞ、空腹で死んでしまう」
「そんなことないみたいだよ。今、頼んだら、10分から15分で着くみたい。ぼくはこの12ユーロのセットにしたんだ」
「え~、すでに決めているの?」
「ウェブサイトから注文できるからやってみて」
そういうと息子がぼくの携帯を勝手に操作して、予約を完了してしまったのである。
「パパは、フィレオフィッシュが好きだから、7ユーロのセットにしておくね。はい、予約完了」

退屈日記「息子の夢がかなった日、辻家初のUBER EATSで注文」



ふざけやがって、ルーブルからここまで10分で来るわけねーだろ、と余裕ぶっこいて、ギターを弾いていたら、ブザーが鳴った。
「パパー、来たよー」
「ってか、まだ7分しか経ってない! マジか、いつ作ったんだよ。時速200キロで配達してんのか? 注文から7分ってあり得ないだろ」
「余計なこと言わないで、受け取ってよ。ほら、マスクして。コロナ対策!」
ぼくがマスクをして、玄関から出ると、階段をUBER EATSのお兄さんがマクドナルドの袋を抱えて登って来た。やあ、とぼくが笑顔で言うと、ボンジュール、と返って来た。
「あんた、早いね。早すぎないか? ロケットマンか?」
そう言うと、配達人は苦笑した。
「旦那、今時は速度と精度が求められているんですよ。注文から15分以内がうちらのモットーでして」
やられた。ということで、袋などは全て除菌し、皿に移し替えて、テーブルに並べた。ぼくはフィレオフィッシュをしげしげと見つめた。日本で食べるいつもフィレオフィッシュよりも、すでに作られた感が強かったので、電子レンジで温め直して食べることになる。
「あ、でも、美味い。懐かしい味だ」
「ね、美味いよね。ファーストフード最高だよね」
食後、子供部屋から、仲間たちにマックを食べたことを自慢する息子の声が飛び出してきた。
「今日はマックだったんだ! めっちゃ、美味かった。パパも美味いって喜んでた」
「マジか、羨ましいな、君のお父さん理解あるねー」
ぼくは子供部屋の前で、わなわな震えながら、打ちひしがれていた。くそ、アメリカに負けた。ぼくが二日前のランチで息子のために作った特上ハンバーガーを、抗議のために、フィレオフィッシュの下に貼っておく。父ちゃんの手作りハンバーガーよりもマクドの方が美味しいと言い切る君たちフランスの高校生の気持ちが理解出来ない。悔し過ぎる。マクドのどこが子供たちの心を掴むのか、これからぼくは研究することにする。

退屈日記「息子の夢がかなった日、辻家初のUBER EATSで注文」

上、マクドのフィレオフィッシュ
下、父ちゃんハンバーガー

退屈日記「息子の夢がかなった日、辻家初のUBER EATSで注文」

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