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退屈日記「ノルマンディの旅の思い出、夕陽100連発」 Posted on 2020/06/27 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、二泊三日の家出だったが、魂の洗濯になった。この旅で何がしたかったのかというとぼくは夕陽が見たかったのだ。浜辺に座って、沈む夕陽を見つめ、自分を整えたかった。ぼくは自分のバランスを失うと必ず、だいたい年に二回くらいだけど、ブレーカーがあがって、不意に家出をする。そして、気が付くと、海の向こうに沈んでいく夕陽を見つめているのだ。なぜ、夕陽なのだろう。それは、美しいお別れであり、新しい始まりを含んだ希望だからである。ここまでたどり着いたのだという実感を持ちながら見送る夕陽、そして、海の向こうに消える夕陽とは、次に訪れる朝への誓いであり、それは未来への希望を含んでいるということで、だから、満足と、安寧がある。希望と回復がそこにはあるのだ。

退屈日記「ノルマンディの旅の思い出、夕陽100連発」

パリから一番近い海に沈む夕陽を拝むことが出来るのがノルマンディ。だからぼくは、バランスを保てなくなると、海を目指すのである。家事、育児、仕事、を抱えてずっと一人でやってきた自分をたまにはリスペクトしてあげなければいけない。ぼくの目や、頭や、皮膚や、心臓や、肺、五臓六腑、身体や、精神や、魂、全てが集まってチーム辻仁成なのである。自分というけれど、これだけの集団社会でもある。チームが一丸となって毎日を乗り切っているのだから、こうやって全員で夕陽を見つめ、結束し、連帯し、また新しい時代を作ろうというようなことを語り合うのに、夕陽が一番視聴覚的に効果があるということである。



夕陽にはちゃんとした見方がある。夕陽の達人であるぼくからのおススメの見送り方を最後に記したい。
1、 余計なことを考えてはならない。

退屈日記「ノルマンディの旅の思い出、夕陽100連発」

2、 つねにあらゆることに対する感謝を持っているのがよい

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3、 沈む夕陽にはただ、ありがとう、というべし

退屈日記「ノルマンディの旅の思い出、夕陽100連発」



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4、 ゆっくりと息を吸いこみ、ゆっくりと吐き出すのがいい

退屈日記「ノルマンディの旅の思い出、夕陽100連発」

5、 心が洗われていくイメージを持とう

退屈日記「ノルマンディの旅の思い出、夕陽100連発」

6、 一瞬、目を閉じ、その永遠を瞼の裏に焼き付けよう

退屈日記「ノルマンディの旅の思い出、夕陽100連発」

7、 吐き出すたびに、心が清められていくことを自覚する

退屈日記「ノルマンディの旅の思い出、夕陽100連発」

8、 この世界と今、一体になっているのだと想像しよう

退屈日記「ノルマンディの旅の思い出、夕陽100連発」

9、 後悔も苦悩も嫌なことも波の中に放してしまおう

退屈日記「ノルマンディの旅の思い出、夕陽100連発」

10、 ひたすら無になるのだ。



退屈日記「ノルマンディの旅の思い出、夕陽100連発」

太陽が海の向こうに消えても、すぐに立ち上がらず余韻を噛みしめるようにしている。少し風が出て、背中を押されたら、砂を払って立ち上がり、踵を返す。その時、だいたい僕は笑顔になっている。

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