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退屈日記「雑感に過ぎない」 Posted on 2020/08/03 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、起きて日本のニュースを眺めるのが日課だが、今日は弁護士の橋下さんが「ミヤネ屋」に出演して「PCR全国拡大に反対」と語ったという記事が興味深かったなぁ。「どんどん拡大したら保健所がパンクする。ホットスポットに関してはやるべき」とのスポーツ新聞の記事なので、テレビでどのように発言されたかちょっと真意がわからないのだけど、橋下さんらしい問題提起だと思う。玉川さんという方への反論のようで、玉川さんのことを知らないので、ぼくに語る資格はないのだけど、ぼくはほんと、一人陸の孤島のようなところでネット記事だけ読んで日本の現在の空気感を探っているようなところがあり、頓珍漢なことを言う時はごめんね。宮根さんが、橋下さんと共闘しよう、と締めくくったと書いてあったので、どんどん、戦っていろいろな意見が出て民主主義っぽくて大いに賛成なのだけど、たぶん、お二人ともPCR検査を受けたことがあったような…。



症状が出始めているのに受けられない人がいることが問題なのかもしれない。無症状の人までどんどん検査を拡大しろとはぼくも思わないし、言わない。なぜなら、それはフランスでもやってない。そもそもフランスは町の血液などの検査所(ラボ)がもともと拡充していて、PCR検査はそこで受ける。症状があるな、と思う人はまず病院に行きジェネラリスト(主治医)に処方箋を書いてもらうと無料で受けられる。(現在、感染拡大しているトゥ―ルやマイエンヌなどの地域は無料の検査場がばんばん出来ている)

今、フランスでは一週間に70万件の検査が行われているが、ここに行く人は無症状じゃなく、なんらかの症状がある人や、疑いを持つ人、家族や知り合いが罹ったので自分も検査しておきたい、という方々、しかも、医師のススメのもとに、である。それでも、70万件くらいの検査体制が必要になる。日本の人口はフランスの倍だから、一週間で140万件くらいやれれば、フランス並みになる。現在は、ものすごく少ないのだ。そこを通り越し、無症状の人までどんどん拡大する、というのは極端なので、そこまでやる必要はないから、せめて一週間で、そうだな、100万件くらいのPCR検査が出来れば皆さんの不安は解消されるし、受けたい人が受けられる安全な体制に近づくのじゃないか。日本の国力を持ってすると、このくらいはやろうと思えば出来る範囲だと思う。



フランスでも、3月末とかはかなりパニックになっていて、検査が出来ないことが感染爆発を生んだという強い反省がある。あの時、行政も医療もパンク気味だったけど、もうあれから数か月が経つから、しっかりとした体制が整った。ロックダウンについて批判もあるけど、経験した者として言いたいのは、ロックダウンを経験した国は、医療も行政も強い経験値を持つことが出来、そういう国は第二波への心得が整っている。問題は、日本政府がああいう必要とされないマスクに予算なんか使わないで、そのお金を保健所などへの体制強化に早い段階で投じていれば、そもそもこのようなことにはならなかったのかな、と思う。

日本に戻った知り合いが空港でPCR検査を受けたそうだが、唾液検査だったらしい。鼻に棒はつっこまれませんでした、という報告だったから、いろいろと検査方法も進化しているのだな、と思った。橋下さんがおっしゃる、ホットスポットだけやればいい、というのは、実にその通りなのだけど、ホットスポットが出現する前に検査で見つけて潰していけるともっといいので、やはり、ある程度は検査を増やすべきかもしれない。フランスもここ最近、数百件ものクラスターがPCR検査で発見され、それをどんどん潰しているのだけど、それはある程度の広範囲で症状が出た人の検査をしているから、発見できるということでもある。まずは、専門家の方々が本当に国民に必要なことを、しっかり政府にあげて、議論をしてもらえるといいのだが。今、正直、日本は頑張らないと、今回の感染拡大の勢いは普通じゃないことだけは確かだ。



もしかすると、日本はまだ第一波を経験していないのじゃないか、と最近、ぼくは思いはじめている。欧州やアメリカを襲ったこの大規模な被害は、幸運にも日本では起きていない。ぼくが一番心配しているのは、今回の拡大の雰囲気が、これから来る本物の第一波の前触れであったら、という心配である。ロックダウンを経験していない日本の保健所や行政や病院が、欧米並みの激しいコロナ津波を受けたら、どうなるのか。沖縄ですでに病床不足が言われているが、欧州第一波の時の激しさは壮絶であった。その経験をした、欧州各国は迎え撃つある程度の心構えが出来ているような気がする。ぼくの心配が外れることを祈りたい。

退屈日記「雑感に過ぎない」

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