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滞仏日記「人間はみんな、死ぬまで生きる」 Posted on 2020/09/14 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、自分は強い人間じゃない、と気が付いた。人の成功にやきもちも焼くし、人のせいにもするし、妬みとかもある。
そういう自分を今日は見てしまい、がっかりした。そして、口先ばかりで弱腰になってる自分を恥じた。
そのうち、悲しくなってきて、悔し涙が出た。そんな自分がまた猛烈に情けなくて、昼間はずっとふて寝してしまった。
日曜日なのに、今日は一日中、葛藤の連続だった。「何をしてんだ、自分」と自分に言い続けた。
こういう情けない姿を息子には見せられなかったので、部屋から出ないで一日、過ごした。
なので、今日は書くことがない。
まじ、これ以上、何にもない一日だった。
でも、日記なのだから、書くことがない日があって当然かもしれない。
空虚である。
鏡に映った自分の顔はあまりに空虚であった。

滞仏日記「人間はみんな、死ぬまで生きる」



落ち込んで一日の大半を過ごした後、このままじゃ、本当にダメになると思った。
自分は毎日、ご飯をつくっていればいいのか、と思った。
それは素晴らしい仕事だとは思うけれど、ぼくは創作の職人でありたい、と思った。
20代の頃のように何かとてつもない夢の実現にむけて進んでいきたい、と思った。
まだ時間はある、と自分に言い聞かせた。
ぼくはどこへ向かえばいいのだろう、と考えてゴロゴロしていた。
このままで終わるわけにはいかない、と自分に言い聞かせ、夕方、ついに起き上がった。
自分が狂喜乱舞出来る何かを掴みたい。生きる臍を持ちたい。
やる気はあるのだけど、根性も体力もまだあるのだけど、多分、大事なものを見失っているのだ。
きっとそういう過渡期なのだ。奮い立たせなきゃだめだ、と自分に言い聞かせた。
コロナのせいには出来ない、と思った。
もうそんなのどうでもいい、と自分に言い聞かせた。
都会を離れて自然と共に生きるとか、隠居みたいなことを言うなよ、と思った。
もっとギラギラしてろよ、と自分を怒鳴りつけた。20代の頃、ぼくの歌の中に「輝きになりたい」という青臭い歌詞があった。
足りないのはそれだ、と思った。
自分を奮い立たせる自分の力が必要なのだ、と思った。

滞仏日記「人間はみんな、死ぬまで生きる」



夕食を食べた後、ぼくはパソコンを開いてキーボードを眺めた。
ぼくのパソコンは「i」の字が打ち過ぎるせいで毎回壊れてしまう。
買っても一年もたない。「i」が真っ先に壊れるのだ。
だから、ゴムを詰めるのだけど、打ちにくい。生きる、を打つ時、最初から躓いてしまうのである。
ikiruって二回もiを打たないとならないからだった。

滞仏日記「人間はみんな、死ぬまで生きる」

そして、ワードに死ぬまでに必ずやるべきことを思い付く限り、列記してみた。
アレとコレとソレラは絶対にやってからじゃないと死ねない、と書いた。
引退なんかしている暇はないし、老後なんか考えている暇もない。
終の棲家なんて必要なものか、と思った。
守りに入っている場合じゃないだろ、時間が無いんだ。
やっと気づいたか、この馬鹿者め、と自分に言い聞かせた。
だから、涙が出るんだよ。それは自分が情けなくて流したもう一人の自分の涙じゃ、ぼけ。
あと百冊書いて死ね。あと千回ライブやって死ね。
映画でも演劇でも、とことん、作品を作って、死ぬまで生きろ。
そうだ、死ぬまでikiro、と思った。
ぼくは今、やっと生き返ることができたのである。
ぼくは死ぬまで、壊れた「i」なのだ。

滞仏日記「人間はみんな、死ぬまで生きる」



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