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滞仏日記「今日を精一杯生きたろう、の時代に」 Posted on 2020/10/01 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、思うことがある。ここまでコロナウイルスが人類を脅かす時代になると、世の中との向き合い方を変えざるを得ない。で、昨日のことだけど、相通ずる見解を持ったフランス人と知り合ったので、今日はそのことを記したい。インテリアデザイナーのHさんのご自宅で先輩のKさんの誕生日会があり(ついでにぼくまで祝って貰った!)、新居の近くにある日本茶専門店で急須と日本茶を買って、顔を出した。実に4年もかけて作り上げたアパルトマンは微に入り細を穿つ完璧なデザインだったのだけど、それよりも、彼が放った一言がぼくを感動させた。
「辻さん、ぼくはね、ずっと未来のことばかり考えて生きてきたけれど、こういうパンデミックの時代になると、未来よりも今日とか明日のことが大事だって気が付くことができたんです。未来のために生きるのをやめて、今日を見つめて生きていきたいと思いました」

滞仏日記「今日を精一杯生きたろう、の時代に」



最近、ぼくは朝ツイートをしなくなったけれど、長年フォローしてくださっている皆さんには同じみの文句がある。「今日を精一杯生きたろう」だ。
ぼくは毎朝、日本時間の朝にこのツイートをしていたのだけど、それはもちろん、コロナ禍よりもずっと前のことである。最近は早寝になったので、この文言を呟けなくなり、怠け癖も出て、そのまま、月日が経ってしまった。でも、今こそ、その言葉が自分には大事だ、と思っていた矢先のH氏の一言で、初対面だったのに、見抜かれたような気持ちになった。細かいことは省くけど、コロナがなければ、ぼくも未来設計をもっとやっていたかもしれない。でも、二ヶ月のロックダウンを経験し、価値観が総入れ替わりした今、しかも、感染拡大が続くフランスで、Hさんの「未来のために生きるのをやめて、今日を見つめて生きていきたい」は、まさに本意を突いた言葉であった。



今は、まず、この一月を生ききりたい、と思う。いや、なんとか今週を生きたい。出来れば、明日や今日を充実させて生きられればいいのだ、と思うようになった。長期ビジョンで仕事を仕込んでいく今までのやり方は尊重しつつも、明日がどうなるかわかりにくい今、ぼくは今日をまず満足させるために生きようとリズム感を変えたのだ。遠くのことを目指すのじゃなく、まず、今日を楽しんで満足したい。10年後や20年後のために今を生きることは出来ない。ましてや来世のために頑張ることも出来ない。今というこの瞬間を大事に生きたいのだ。人間は儚い生き物だ。思っているよりも人間はずっと弱い。なのに、そこまで努力したり頑張る必要があるのか。しのぎを削ってやる必要があるだろうか。家族を大事にして、今、自分が出来ることを自分の居場所で精一杯やることが大事なのじゃないか、と思った。それがうまくいけば自然と未来は開ける。未来を成功させたいがためにがむしゃらになって生きる時代じゃないのかもしれない、かつてのように。

滞仏日記「今日を精一杯生きたろう、の時代に」



コロナに罹らないように日々、気を付けて生活するのが精一杯なのが現実だと思う。こういう時代になると、経営の在り方や、創作の在り方も、人との接し方も、自分の歩き方も、変化する。学級閉鎖や学校閉鎖も増えている。クラスターも依然増えている。世界中で感染拡大が続いている。思ったよりもぼくらは大変な時代を生きているのは間違いない。まず、今日を精一杯生きること、それが明日を連れてくるのだ。

滞仏日記「今日を精一杯生きたろう、の時代に」



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