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滞仏日記「息子は、ロックダウンをやる意味はない、と言い切った」 Posted on 2020/10/02 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、朝から息子がぴりぴりしている。「おはよう」といっても返事が戻って来ないのはいつものことだけど、
「どうよ、調子は」
と肩を叩いても、返事がない。
「なんかあったん?」と訊くと、「なんかあったのかじゃないよ、パパ、コロナの影響もあるんじゃないかな」と言って出て行った。
3月中旬から今日までロックダウンがあったり、いろいろとあったし、感染者数が急増している。
フランスは予定よりも早く第二波に飲み込まれつつある。
オリヴィエ・ヴェラン健康相が今日、
「このまま週末感染者数が下がらなければ、パリは月曜日からマルセイユと同じ措置をとる」
と宣言した。
同じ措置というのはレストランやカフェを閉鎖するということ。
そうなったら、倒産する店が溢れるだろう。
しわ寄せは当然、子供たちにも及ぶ。

滞仏日記「息子は、ロックダウンをやる意味はない、と言い切った」



午後、ぼくは新居周辺を散歩した。
家の近くの広場で陶芸市をやっていたので、感染を警戒しながら、時間を潰した。
陶器を買おうか悩んでいるとお母さんたちが、ひそひそ話をしていた。
「再びロックダウンになったら、もう一年、子供たちは同じ学年をやり直すことになるのかしら。大学受験も出来ないし、どうなっちゃうの?」
まさか、と思ったけど、これは子供たちにとっては重大問題である。
彼らの人生がコロナのせいでめちゃくちゃになってしまう。
息子がぴりぴりしているのも理解出来た。

滞仏日記「息子は、ロックダウンをやる意味はない、と言い切った」



夕食の時間、ぼくは息子と食事をしながら向かい合った。
ずっと黙って食べている。この子は喋る時は喋るけれど基本はとっても無口。
優しい子で思いやりはあるけれど、逞しく生きてきたので意外と世間を冷ややかに見ている。
安易に会話の機会を作ろうとしても、返事が戻って来なくて頭に来るだけだから、ほったらかしていたら、不意に、
「ロックダウンをやっても意味はない」
と独り言のように言った。
家庭内使用禁止のフランス語だった。だから、息子は自分に向けて言ったのかもしれない。
「なんで、そう思う?」
ぼくは日本語で返した。
「ロックダウンで一時的に感染者は急減する。でも、レストランやカフェや会社や学校を閉鎖してなんとか抑え込んだとしても、解除した途端にみんな街へ再び流れ出る。特に若い人を抑え込むことは出来ない。そしたら、二か月後、再び感染拡大に、、、同じことの繰り返しなんだよ、パパ。それに、二度目のロックダウンのせいで、疲れ切っていたカフェやレストランが潰れちゃう。ロックダウンに、なんの意味があるんだって思わないの?」
息子は少し語気を強めてフランス語で言った。
我が家のフランス人だ。日本人のぼくは日本語で質問する。変な親子だ。



「でも、ロックダウンをやらないと、どんどん感染者が増えていき、医療崩壊が起きる」
息子は口を動かし、食べたものを胃に流し込んでから、ひと呼吸あけて、言った。
「わかってる。でも、ロックダウンはもうやっちゃダメだよ」
「来週、月曜日に政府はパリのカフェやレストランを閉める可能性があるよ。今日、健康相がラジオで言ってた」
「知ってる。でも、それは間違えてる」
「なんで?」
「レストランやカフェを閉めて感染者が減ると思うの? 飲食業界だけに責任や犠牲を押し付けて、コロナがいなくなると思うの? よく考えてみてほしい。問題はレストランやバーやカフェじゃない。そこでの感染は減るかもしれないけど、若い連中は酒を買って自分らの家に集まり、もっと狭い空間で濃厚接触を繰り返す。感染はさらにさらに拡大する。なのに、そのせいで、カフェが潰れていく。不条理だ。なんでこんなこと分からないの?」
ぼくは黙った。一理ある。じゃあ、他に、感染を抑え込むどういう方法があるというのだ、と思った。
「パパ、カフェをしめたらフランスは終わると思うよ。内海の一か所をせき止めたらその海が死ぬのと一緒だよ。カフェを閉める、旅行を禁止にする、ライブも映画館もダメ、会社に来るのもダメ、学校もダメ、こうやってフランスは死んでいく。ぼくは反対の意見だよ、パパ。結局、ロックダウンではこのウイルスを排除できない。ロックダウンには意味がないどころか、結局、ロックダウンをするから感染が拡大したんじゃないか。違う?」
「でも、大勢の人が春には亡くなっている。無責任なことは言えない」
「でも、実際はもっと多くの人が亡くなっている、癌やインフルエンザやいろんな病気で」
「若い人は重症化しないからいいかもしれないけど、パパが罹ったら命にかかわるかもしれないんだぞ」
「分かってる。ぼくだって、そこは心配しているから、最大限に注意しているよ。だから、大事なのは教育なんだ。教えることだ。遊び歩いている子たちにもっと教える。あいつら頭が悪いとかって決めつけるんじゃなくて、対話しないと。小さな単位、町内会とか、不良グループ内とか、スケートボードのグループ内、ダンスチーム内とか、職場や学校だけじゃなく、もっと若い子が集まる場所にリーダーをおいて、若い人たちを啓発していかなければこの問題は解決しない。知識を持たない子たちがいる限り、感染はとまらない。コロナへの意識をあげることが、ロックダウンよりも先決で、みんながきちんと消毒をし、マスクを完璧にすれば、大人たちがICUに運びこなれないで済むはずだ」
息子が携帯をぼくに差し出した。
「パパ、ぼくは仲間にこの図を回してるよ。コロナを広げないために」
ぼくは覗き込んだ。

滞仏日記「息子は、ロックダウンをやる意味はない、と言い切った」

※、この図についてご指摘があり、編集部で調べたところ、英文の一部の記事にこの図に出ている数値に信ぴょう性がないのでは、という指摘もみられました。またこれを欧米の子供たちが拡散に勤めているのは事実ですが、編集部としてはマスクをつける啓もう活動が子供たちの中で広がっていること、マスクを付けない若者たちへマスクの重要性を伝える行動なので、ここに一定の意味があると判断し、掲載は続けることにしました、その辺をご理解抱いたうえで読んで頂けますことご理解ください。

「一番上の左、感染者がマスク無しで、罹ってない人がいくらマスクをしていても、うつす可能性は70%くらいあるらしい。真ん中は、感染者がマスク、罹ってない人がマスク無しの場合、5%まで感染率を減らせるんだ。感染者がマスクをすることの意味は大きい。最後を見て。感染者がマスクをし、罹ってない人もマスクをした場合、つまりみんながマスクをした場合、感染する確率は1,5%にまで下がる。どう? 凄くない? よくわかった?」
「うん、めちゃ、分かった。お前すげーな」
「お前すげーな、じゃないんだよ。パパ。大事なことはブロックすることじゃなく、問題の根本をオープンにさせることだ。遊び歩いている元気なおにいちゃんやおねえちゃんたちにこのことをちゃんと教えることだ。世界各国の政府がやる一番大事なことで、学校や会社で形だけ教えるんじゃなく、遊び場に行き、そこのリーダーを掴まえて、話し合い、協力してもらうことが大事なんだよ。それが出来たら、感染拡大を阻止することが出来るんじゃないかな」



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