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自主隔離日記「カステラを巡る考察からのこの世界の行方について」 Posted on 2020/10/12 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、仁成は朝からずっと文明堂のカステラを眺めている。文明堂の宮崎社長が「自主隔離をしている辻さんにどうか渡してほしい」と人を介して届けられ、やってきたこのご縁、大事にしたいのだけど、しかし、大好物とはいえ、これを期限内に一人で食べきれるのか、と辻は思っていた。←小説風、三人称。えへへ。

自主隔離日記「カステラを巡る考察からのこの世界の行方について」



そもそも、カステラはやはり長崎の時代からそのまま召し上がるのが一番。
仁成はこのカステラを今まで誰も食べたことがない新しいカステラに変えてみたいという衝動に駆られていた。
しかし、それは心配してわざわざカステラを届けてくださった文明堂の宮崎社長に対して失礼、冒涜というものである。
そもそも、カステラをいったいどういう料理に変えられるというのだ、と辻は自問した。
これは難題である。
カステラはポルトガルから伝わった南蛮菓子を長崎の人が独自に発展させて開発した「和菓子」なのだそうで、辻はポルトガルを旅した日のことを思い出していた。
たしかに、「カステラ」という名の菓子はなかった。
でも、「パォンデロー」というそっくりなお菓子があった。
いろいろな種類があり、中がしっとり、外がちょっと固めとか、多分、これが長崎に渡って、日本人の手で真似されているうちに「カステラ」が生まれたのであろう。



とにかく、やることがなく、退屈なので「カステラ」をなんとか、新しい食べ物に、おやつじゃなく、主食に変えられないか、妄想していた。
しかし、カステラは完成されたお菓子なので、手を出せない。辻仁成、完敗である。
仕方がないので、コーヒをいれ、今日もまた普通に食べてしまった。
まいうーーーー。
あれ、いつの間にか、小説スタイルは終わってる。えへへ。

それにしても、ぼくは今、東京にいるというのに、飛行機から降りてまっすぐここに入ったからか、東京がどうなっているのかもわからず、スタッフさんに「台風は大丈夫ですか」と訊いてしまう浦島太郎ぶり。
しかも、まだ自主隔離生活、始まって間もない。
この調子じゃ、隔離が終わる頃、ぼくはいったいどうなってるんだ! 
なぁ君、このカステラはぼくの胃袋に全部消えるというのかい! ←演劇調にしてみた。えへへ。



ということでフランスのママ友グループに、カステラを食べるかわい子ぶってる自撮り写真を送りつけてみたら、イザベルから、
「パリは再びロックダウンになるよ、きっと。明日にも感染者が3万人に、もしかすると週明けには5万人に跳ね上がるでしょう。恐ろしい。検査しすぎなのよ。なんで、こんなに向きになって不安をあおる検査ばかりするのか、わからない。今日は26896人の感染者、これってインドの毎日7万人感染よりは低いけど、インドの人口って、フランスの何倍か知ってるの?」
とたぶん、ぼくに向けたメッセージが届いた。
するとソフィから
「インドの人口は約13億人よ。それで7万人。フランスは6千万人の人口でもうすぐ3万人。もしかしたら、今、人口比に対する感染者数は世界一じゃないの? おめでとう、共和国フランス」
とメッセージ。
ところがママ友トーク、炸裂しない。
しーーん。
これはまじで、やばいのかもしれない、と思って、カステラの自撮りで浮かれている自分が恥ずかしくなった。

息子のことが心配になり、今回、細かい買い物や掃除をお願いしているマダム・レテシアに「息子を頼みます。お土産いっぱい買っていきますから」とメールを送っておいた。
彼女はセルビア人で優しい初老のマダムだが、御主人に先立たれ一人暮らしなので、こういう時、本当によくやってくれる。
もちろん、これは仕事として依頼しているので、こちらも頼みやすい。
息子にはお前が感染するとレテシアにうつすことになるから、ふらふら遊び歩くな、と強くくぎを刺してきた。
責任感の強い子だから大丈夫だとは思うのだけど…。
シングルファザーはこれだから大変だ。
しかも、自分は幽閉の身…。



午後、朝日新聞のオンライン地球会議に参加し、IOC委員の渡辺守成さんと対話した。
こういう暗い時代だからこそ、アマチュアスポーツの力で人々を励ましてもらいたいけど、感染者の少ない日本に世界各地の感染大国から選手が押し寄せたら、と想像すると、言葉がうまくまとまらなかった。
まず、2週間の隔離は無理だしなぁ、隔離をせず入国させると日本も今のフランスのようになるかも…。
このコロナ、科学者たちもぜんぜん見極めきれていない。
弱毒化しているというから信じていたけど、どうやら、そうじゃないという意見が今、フランスでは大勢を占めつつある。
渡辺さんは忖度しない正直な人だったから、こういう人がきっと何かいい出口を見つけ出してくださる気がしてならない。期待したい。
ただ、オリンピックがきっかけで感染者が少ない日本に異変が起きることも十分考えられ、経済効果の逆をもたらす可能性も否定できないだけに、そのためにも、スポーツ大国フランスの現状などは参考になると思いますよ、とお伝えしておいた。

自主隔離日記「カステラを巡る考察からのこの世界の行方について」

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