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退屈日記「久々ママ友トーク炸裂!看護師ルイーズの嘆き、ぼくは東京から参加した」 Posted on 2020/10/14 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、知り合いの看護師ルイーズから、もう続けられない、とのメッセージが回って来て、ぼくはびっくりしてしまった。
ソフィやイザベルほど親しいわけじゃないから、どういう状況かわからなかったけど、みんなのやり取りを読んでる限り、コロナ患者が再び病院に押し寄せているのだけど、離職希望者がロックダウン以降増えて残った看護師や医師にしわ寄せがきて、家事や子供の世話が出来なくなり、夫との仲も悪化し、やめたいけど、やめたら患者が助からないかもしれないというジレンマに陥っているというものだ。
ここまで酷い状態になっているのだ、と改めて驚いてしまった。



ロックダウンの後、看護師や医師たちが給料が低すぎること、待遇が酷すぎることで、国へ抗議していた。
解決したと思っていたら、ルイーズいわく、何も状況は変わってなく、むしろやめていく人が増えて、収入は変わらないのに仕事量が倍増し、精神的にまいってる看護師が増えているというのだ。
フランスは感染者が急増していて、感染者が増えれば当然集中治療室へ入る人も増えて、もうすぐいっぱいになるのだという。
病院によってはベッドが足りない、というのか、ベッドがいくらあっても、看護師がいなくなってる現状で、医療崩壊が忍び寄っているというのである。
医師や看護師側はロックダウンの頃よりも危機感が大きいが、政府との溝は深まるばかりで、インタビューを受ける医師たちは国の方針へ不満を爆発させている。
いつもはくだらない話しで盛り上がるママ友チャットだが、ルイーズの嘆きを受けて、珍しく暗い。
今日、マクロン大統領が夜間の外出制限を発令するのはどうも免れないところにきているような雲行である。
あと、9時間後だ。

退屈日記「久々ママ友トーク炸裂!看護師ルイーズの嘆き、ぼくは東京から参加した」

※この写真は春のロックダウンの時のもの。パリ在住日本人シェフ、サクラさんが病院へお弁当を毎日届け、看護師さんたちから感謝を受けた時の記念写真。ルイーズもこうやって、働いているのである。今も…。



「夜間外出できなくなるみたいだから、一応、なんとなく普段より多めに買い物してきた」
「外出禁止になったら、夜はチェットでだべるしかないね」
「でも、仕方ないんじゃないの? 馬鹿どもにいくらいっても聞かないんだから、このくらいやらないと重傷者が増える。夜間外出禁止を支持する」
「家族の絆が強くなるチャンスよ」
「夜、みんながお酒を飲みに行かなくなれば感染者が減るのは当然でしょ。もう少し深刻に受け止めないと国が崩壊する。夜は家でじっとしとけってことよ」
「一歩も出れなくなるの? 犬の夜の散歩はどうしたらいいのよ」
「あのね、うちの弟はレストランやってるのよ。夜しか営業してない高級レストランなんだけど、このままじゃ、潰れるわよ。ランチで稼げない店もあるのよ。星付きレストラン、総倒産しちゃう。他人事みたいに言わないでよ」
「喧嘩するのやめよう。コロナの思うつぼよ」
「ヒトナリ、東京はどうなの? 2週間隔離中でしょ?」
ソフィがぼくに話しをふった。
「東京はとりあえず日々、200人前後の感染者だよ。ぼくは出られないから東京がどんなかわからないけど、みんな警戒心を持って生活してるようだけど」
「うそー、凄い、めっちゃ優秀で安全な国じゃない。200人って東京の人口ってパリの何倍だったっけ? 五倍? 200人って、私たちからしたらゼロみたいな数字だわ」
「検査数が少ないから実際どのくらい感染が広がってるかは、分からないけど。どうやらアジア人は重症化しないみたいだから」
「でも、病院が安定しているんだから、欧州のような深刻度はないということでしょ?」
「そうですね。これまでのコロナ死者数もトータルで1635人…」
「マジ? 1635人? 比較にならない」
「なんで? 日本政府は何をやったの?」
「今、GOTOトラベル、GOTOイートやってる」
「?????」



昨日のニュースで先月一月の自殺者の数が1800人というのを見て、ぼくはびっくりした。そんなに毎月、自殺で人が亡くなられているのだ、と。
これまでのトータルのコロナ死者数が1635人で、先月一月の自殺者が1800人超えをしているというのが、複雑な気持ちにさせられる。
コロナのことを騒ぎすぎとは思わないけど、コロナの心的物理的影響で仕事がなくなったりして自死される人もその中にいるのだとしたら、それはあまりに悲しいことじゃないか。
新型コロナは恐れないといけない病だと思うけれど、マスクをして手洗いをしっかりとやっていれば、こと日本に関しては、欧州のようにすぐに事態が悪化するとも思えない。
なにより、日本人の衛生観念が高いことで救われている。むしろ、そのまじめさが、自殺へと向かうのだとしたら、胸が痛む。



ぼくの自主隔離はまだ一週間残っている。
結構、厳しい日本の自主隔離措置だが、ぼくはこのくらいやった方がいいと思っている。
ぼくがフランスに戻っても、パリの空港はノーチェックなのだ。それじゃあ、感染者は増えるよ。
でも、ママ友たちの能天気なチャットが隔離で何も出来ないぼくには大いなる救いでもあった。
気楽に生きることも大事だと思う。すべてはバランスなのである。

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