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退屈日記「期待しないとどうなるのか?」 Posted on 2020/11/01 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、期待しない生き方というのがあると思う。
「人に期待」をする時というのはそもそも自分に手がない時というのか、自分じゃどうしても現状を突破できない時だったりする。しかし、期待すると、人は自分じゃ何もしようとしなくなるばかりか、誰かが持ってきてくれる成果を待つようになる。
期待は期待を生むことがあって、それは「期待し過ぎる」という状態を作り出す。
期待することはまあいいとして、期待が肩透かしとなった時にその人に戻って来るものは想像もしなかったようなショックだったりする。
期待し過ぎて実現しなかった時には寝込むくらいがっかりする。
僕もよく期待をし、期待が叶わなくて落ち込んだことがあった。
なんで、こんなに僕は落ち込むのだろうと思ってある日原因を突き止めていくと、そこに「期待」があった。人任せがあったということだ。



そこで、期待するような場面になると僕は自分に言い聞かせる。「これは期待をしてはいけない」から「とりあえずそのままにして次に行こう」と。
がっかりしないためには次の行動を起こしていることが大事だということに気が付いた。
期待通りになった時にはラッキーと思えばいい、と。
ならなければその時にはすでに起こしている次の行動が自分を救ってくれる。
でも、何もしないで待ち続けていると悲惨なことになる。
ダメなものはダメなのだから、と思っておくのも大事だ。
期待している時は宝くじを買ったようなものだと僕は思うようにしている。
宝くじだから外れるのが当たり前じゃん、と思っておくと気が楽だったりする。
とにかく、何かに期待をしたときはそこに全てを賭けない。
放置して、次へとコマを進めるのがよい。
何もしないでじっと期待にすがっているのは不健康である。



地球カレッジ

そもそもがっかりする全ての原因はこの「期待」なのである。「人への期待」と「自分への期待」と二種類あって、人に期待して実現しなかった時に持つ逆恨みみたいな感情は醜い。
あいつに期待したのに、というのはそもそもが間違ってる。
人に期待する時、僕は「自分がそうとう弱っている状態」と思うようにしている。
人に期待しなければならないくらい今の自分には手がないのだ、と思って、まず反省をする。
あまり期待しないように、と自分自身に言い聞かせたりする。そうするとメンタルの被害は少ない。
そして、自分にこそ期待しなければならないのだ、と奮起するようにしている。
結局、この現状を打破するためには自分で頑張るしかないのだ、と思えば、大変なことからも立ち上がることが出来たりする。
最近の僕の口癖は「期待してない」である。さみしい感じもするけれど、この口癖は他人を否定するためのものじゃなく、自己防衛のための最善の方法でもある。僕が「期待していない」と心の中で呟く時、自力で突破してみせると自分に言い聞かせている時だったりする。
人はだいたい「いいことばかり言うし、綺麗ごとばかり並べるし、笑顔ばかりみせてくる」でも、実現しない時には手厳しい顔になる。
そういう顔をみたくないし、逆恨みなどはもってのほかだ。
期待しない生き方というのは自分で自分の道を切り開くという決意でもある。
 

退屈日記「期待しないとどうなるのか?」

追記。

しかし、息子はぼくに「期待しなさすぎ」という。
ここは、怒っていいところでしょうか? 学校を変えると不意に言い出すこの子のどこに期待していいものか?悩むなぁ。

人生とはまことに不思議なものである。
そろりと生きてまいりましょう。

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