JINSEI STORIES

滞仏日記「YouTubeの動画はどうやって撮影されているのか」 Posted on 2019/03/28 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、息子が学校に行ったので、僕は準備を始めた。今日の撮影場所は本邦初公開の仕事部屋である。午前中晴れマーク、絶好の撮影日和である。窓際の椅子を少し動かし、部屋の真ん中にカメラを立て、マイクを椅子の近くに忍ばせ、椅子の中ほどにおいたギターにピントを合わせる。自分が監督で、カメラマンで、記録で、編集マンで、助監督で、照明で、衣装メイクで、しかも演者だから、全部一人でやらないとならない。でも、もう慣れっこなのだ。前は息子が手伝ってくれていたが、最近は「僕だって忙しいんだよ」とつれない。でも、はじめたからには続けたい。とにかく、ごちゃごちゃ言わないでやるしかない。Go For Broke!ギターのチューニングをして、あ、その前に着替えて、髪の毛をセットしたら、歯を磨いて、ネスプレッソのコーヒー淹れ、お腹がすいているのでパンを摘まむことにした。血色よく見せなきゃならないので目元のマッサージとかやって、軽く発声練習をしたら、撮影場所の窓際の椅子に腰かけ、とりあえずギターをつま弾いてみた。大好きなクロード・フランソワの「コム・ダビチュード(いつものように)」を歌う。英語版はフランクシナトラで有名なマイウエイだが、僕は断然にクロード・フランソワのオリジナル版が好きだ。60歳になったら歌いたいと思い続けてきた曲、しかし、そう簡単に歌えるような曲ではない。でも、みんなに聞いてもらいたい。オーチャードホールで歌いたいと思って練習を重ねてきた。オリジナルの歌詞は別れの歌だけど、もう別れはこりごりなので、僕はタイトルから連想される日常の世界観を自分なりの言葉に置き換えて歌うことにした。いつものように、というタイトルからイメージされる日々の見失いがちなささやかな幸福について・・・。

段取りとしては、まず録音機のボタンを押し、次にカメラの撮影ボタンを押す。急いで椅子に座り、とりあえず一度最後まで歌ってみる。古い家なので壁が薄くて声もギターもよく響く。上と下の階の人に筒抜けだから、何度も歌うことは許されない。力を抜いて語り掛けるように歌った。そうだ、誰かに語り掛けるような、柔らかい日々の歌がいい。でも、なかなかアングルが決まらない。カメラを覗くとそこに僕はいないし、椅子に座ってポーズを決めてもカメラマンの僕がいないので画角がちっともわからない。収録した最初のテスト映像は頭が半分も切れていた。こりゃ、ダメだ。カメラの位置を動かし、レンズを調整し、何回かテストを繰り返した。10時を過ぎると、太陽の光が室内に降り注いできた。午前中のこの時間の仕事場は晴れていれば光りが溢れかえる。この今の瞬間の光りしかない。今だ、急げ、みんな!僕は「本番」と自分に号令をかけた。結局、3テイク撮った。語り掛けるように歌うのだけど、でも、どうしてもサビの部分は声を張り上げないとならない。ご近所さんたちにはちょっとの間、我慢してもらうしかない。うるさい場合、フランス人は壁を叩く。今までどこの家でも「うるさい」時は壁が「ドンドン!」と激しく鳴った。今のところ大丈夫だ、急ぐしかない。もしかすると上の人も下の人もクロード・フランソワのファンかもしれない。最後のテイクをOKテイクとした。それからカメラを窓際に移動させ、監督の僕が俳優の僕に命じた。「イメージとしては幸せなカップルをモチーフにした短編映画だ。カメラの向こうに愛おしい女性がいると思って、芝居をしてほしい。芝居といっても君、自然な演技で挑んでくれよ。いつものように、寝たり起きたり、語ったり、力説したり、笑ったり、本を読んでくれればいい。人生の一ページを見せてくれ。いつものように。いつものように、だ」監督の僕が「よーい」と掛け声をかけ、カメラマンの僕がボタンを押した。俳優の僕は椅子まで行き、本を読んだり、笑ったり、空想上の彼女に話しかけたり、微笑んだりした。「カット」と監督が号令をかけた。一瞬、安堵の空気が辻組の間を漂ったが、それを監督のひとことが打ち消した。「辻君、実はどうしてもOKした歌が気に入らないんだ。太陽がビルの反対側に行っちゃう前に、もう一度だけ歌ってくれないか。もっと力を抜いて、その掠れ声で語るように歌え」カメラマンの僕が「監督、太陽がもうほぼないからダメです」と忠告するが監督の僕は耳を貸さない。監督が絶対だということをみんな知っている。「頑張ってやりましょう」と衣装メイクの僕が俳優の僕の髪型を直しながら一同を振り返って気合を放った。気を取り直した俳優の僕はギターを抱えて椅子に座り、照明の僕がレフ版を動かし、カメラマンの僕が「準備OK」と言った。僕はもう一度だけ歌い直すことになる。「よし、クランクアップだ。この後は編集マンの辻君に任せよう」夕方、息子が帰って来たので出来上がった映像を見せた。「いいんじゃない。でも、これ、あれからずっと一人でここで撮影してたの?」「そうだよ。感動的だろ」息子が笑いだした。「パパ、めちゃ変だよ」僕も一緒に笑った。「でも、楽しい一日だったよ」映像をYouTubeにアップロードした。今日という日がそこで永遠となった。
 

滞仏日記「YouTubeの動画はどうやって撮影されているのか」