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滞仏日記「新元号が決まった」 Posted on 2019/04/02 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、新元号が発表され「令和」となった。昭和という時代に生まれ、平成を生き、こうして令和に辿り着いた。新しい元号を見つめながら、人生を振り返ってしまう。僕が生まれた昭和という時代はとってもダイナミックだった。昭和は1926年の12月からはじまり、1989年の1月7日まで続いた。戦争の時代から昭和だったし、戦後も昭和だった。20世紀と言えば昭和という印象が強い。僕は昭和の34年に生まれた。戦争があり、敗戦を経験し、戦後復興を得て、1989年に昭和天皇は崩御された。正確な日時は覚えていないがこの前後に僕は日比谷野外音楽堂でコンサートを行っている。その日のどんよりと国全体が悲しみに包まれた非常に不思議な空模様を忘れることができない。しかし、僕が生まれた以降の日本はモーレツな発展へと舵取りをし、国が一丸となって経済成長を成し遂げようとした時代でもあった。激しい学生運動もあり、三島さんの自決もあり、クレイジーキャッツで笑い、文学や歌謡曲の全盛期で、僕の父親は保険会社のサラリーマンで、猛烈会社員時代の印象が残っている。僕が参加していたECHOESは1990年に解散をしているので、まさに昭和のバンドであった。平成になり、大きく時代が変わったと僕は思った。なにより、20世紀から21世紀へと跨いだ時代であった。昭和が戦後復興の時代だとすれば平成はその復興を受けてやや落ち着いた時代(経済的には大変な時代でもあったが)の印象を持つ。当時の小渕内閣官房長官が「平成」と書かれた台紙を掲げている映像がどうも頭から離れない。自然災害や原発事故で国民は心を痛めた時代でもあった。僕にとっては日本を出てフランスで暮らすことになった時代でもあり、昭和が日本ならば平成は欧州という感じがある。そして、令和という新元号が決まり、5月から新しい時代がはじまる。いい時代になればいいなぁ、と思いながらこの二文字を眺めた。今や日本にしかない元号なので続いてほしいとは思うけど、海外で暮らしていると和暦と西暦がとくに納税の時などに多々問題を起こす。平成・年を西暦・年にしなければならない時が結構あって、フランスの役所などで説明に追われる。多分、企業の方なども同じ問題で苦慮されていると思うけれど、元号自体使っているのが日本だけなので、もちろん、フランス人も元号のことはおおむね理解してはいるが、転換などでそれなりの手間がかかる。しかし、イギリスなど王室のある国では大きなニュースになっていた。令和がどういう時代になるのか、これから楽しみだ。平和な日本を望まない人はいないだろう。令和と決まった以上、日本と世界の平和を願って、僕も微力ながら前向きに頑張っていきたいと思う。
 

滞仏日記「新元号が決まった」

※この令和という文字は大河ドラマ「直虎」の題字を書いたことでも有名な友人のMAAYA WAKASUGI氏がYahoo!Japanの依頼で書いた文字を、お借りした。