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滞仏日記「もっと声を出せ、誰よりも動き回れ、それが仕事だ」 Posted on 2019/04/19 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、僕は今年、60才になる。逃げも隠れもしない還暦だけれど、普通だったらそろそろ定年に差し掛かかろうかという年齢なのに、今まで以上に働いている。「もうやめてくれ、引退しよう」と肉体の叫びが聞こえてくるのと同時に「もっとやれ、引退はない」と魂が叫んでいる。映画のロケハンは博多中州界隈を、毎日2万歩以上(iphone計測)歩かされた。もちろん、20代、30代の若いスタッフと同じ扱い。プロデューサーでさえ、20才近い年の差がある。正直、一番声をだし、常に先頭を歩いていたのは僕だ。演出部に「もっと声を出せ、誰よりも動き回れ、それが仕事だ」と心臓が破れそうな勢いで声を張り上げた。でも、その全てが演出なのだ。普段の僕とは違う僕が大勢のスタッフの前に出た時に、僕の演出が始まっている。演出というのはみんなの心を掴む努力だと言いたい。人を動かすことが演出家の大事な仕事ならば、それは人間が自分を表現するときに必要なプロセスでもある。

新作小説は竹書房と組んだ。ここは実行部隊が同じく若く、これまでの大手出版社とは運営方針が全く違うので、トライする価値がある、と思った。映画の助監督らと一緒で竹書房のスタッフもとっても若々しい感性の意見を言う。でも、文学だって進化したいんだ。文学が胡坐をかいてやっていける時代ではない。僕のような初期高齢者予備軍のような男がそういう荒野へ出ていくことに意味があるのじゃないか、と考えた。気が付けばいつも飲み歩いていた友人がたまたま竹書房の役員で、まだ30代という若さで、僕は先生ぶったりしないから、というか先生と言われるのが大嫌いなので、同世代感覚での付き合いの中から、ある日、仕事が生まれた。彼らは若いけれど、その柔軟さの中に、新しい文学や出版の未来があって、若そうな僕はそのことを誰よりも楽しんでいる。一方で僕が翻訳した絵本「ママの小さなたからもの」は逆に老舗の早川書房との仕事であった。伝統と細かい編集で長いこと出版の世界をけん引してきた会社。編集者は非常に粘り強い仕事をする。この両方の差を作家は面白がっているのかもしれない。

滞在中、新しい出版形態を模索するサイト、ピースオブケイク社の加藤代表と食事会の機会を持った。ノートやケイクスなど今話題のサイトを発案し運営している。弊誌、デザインストーリーズは完全な同人誌だけど、彼らの未来はとっても広大でラディカルで面白く、方向性は異なるものの、根底でうっすら通じるものを感じた。僕は挑発的な人間なので、加藤さんとの膝を付け合わせた議論はそのまま活字にして記事にしたいくらいに面白かった。彼も(たぶん)40代前半だが、正直、出版業界はこの新星の出現に安穏としていてよいのか? いずれこのような人物が或いは業態を根底から覆すことになるのかもしれない。

大阪のイベンター、サウンドクリエーター社の中原さんとも打ち合わせをやった。この人がオーチャードホールで10月に行われる60周年生誕ライブの制作をする。日本の音楽シーンがどんどん変化していて、そのうちイベンターが不要になる、と中原さんが放った言葉が新鮮だった。エーベックスやソニーのようにレコード会社がアーティストのマネージメントをはじめたので(すでにかなり前から)、それに追随して、ほとんどのレコード会社がマネージメントに手を出し、ライブのブッキングまでやりはじめている。理由はCDが売れなくなったからで、将来的にはイベンターもプロダクションも不要になる、というのが彼の持論だった。ここでも時代の変化が押し寄せていた。生き残りをかけて誰もがじっとしていちゃいけない時代がやって来たということで、しかし、ある意味、安穏としていられないことの中にこそ勝機もある。

何もかもが移り変わる端境期にいるようだ。今回の日本滞在は、文学や音楽や映画やそもそも文化全般のインフラが大きく変化していることを今更ながらに思い知らされる機会となった。僕は根底で保守的な人間だけれど、新しいことも好きなおじさんなので、この変化を一番喜んでいたりする。デザインストーリーズにもチャンスが巡って来たような気がする。60才というこの大台の年齢で、僕は確かに生まれ変わろうとしている。「ルネッサンス」と名付けられた60才記念コンサートに恥じない生き方を貫きたいし、若い世代に僕を面白がる連中が多いことをこそ誇りたい。「辻さんはそのまま、ぶれずに、独自の道を歩んで下さい」と中州で歌う20才の路上アーティストに言われた。それは一番の誉め言葉かもしれない。別に若ぶってるわけじゃなく、僕は定年とか関係なく我が道を生き切りたいだけだ。定年というのが一定であること自体が絶対におかしい。僕は他人に自分の定年を決められたくない。

数年前、実家で中学生の時の学生手帳が出てきて、そこの中ほどのページに、「心臓が静かに満足しながら止まっていくような最後を」と書かれてあり、びっくりした。書いたのは14才くらいの僕だ。それは走り続けろという若い時代の僕からの、60才を目前にした僕へのメッセージでもある。まだまだ、時代に抗ってやる、と僕はこの文章をパリへ戻る機内で微笑みながら書いている。それでいいのだ。
 

滞仏日記「もっと声を出せ、誰よりも動き回れ、それが仕事だ」