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滞仏日記「全ての人間に与えられたギフトについて」 Posted on 2019/05/10 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、僕たちは誰もが人生を与えられているのだということを、今日、マロニエの街路樹が聳える大通りを走りながら、再認識した。ギフトなんだと思えば、この人生も苦痛ではなくなる。試練だと思えば、生きることは不意に過酷なものとなるだろう。どちらがいいか? すでに生きてしまっている僕らはギフトと思うべきであろう。どちらにしても生きなければならないのであれば、自分に都合のいい解釈をするべきだ。文句ばかり言っていてもどうしようもないことがある。そのことだけに人生を振り回されて、一生文句ばかり言い続けて死ぬのは愚かである。この人生は与えられたのだから、有効に使うべきだし、有意義に活用すべきなのである。

もちろん、与えられた人生のスタート地点は人によってさまざまだ。貧しい家で生まれる人もいれば、貴族の家に生れ落ちる人もいる。でも、それで人生を決め付ける人は、すでにそこで与えられた人生を有意義に活用出来てないと言わざるを得ない。フランスの作家、アルベール・カミュは「異邦人」や「ペスト」で有名だが、彼はアルジェリアの貧しい家庭で生まれている。父はカミュが生まれた年に戦死し、母を含め彼の周囲には読み書きが出来る者がいなかった。けれども彼は史上二番目の若さでノーベル文学賞を受賞した。彼がどうやって文学を獲得したのかは歴史に譲るが、僕が言いたいのはどこにどう生れ落ちてもその人間が掴もうとする何かを持っているかどうかで人生は変わるということだ。その時に、最初から諦めていてはギフトを活用できない。カミュは運もあったし、周囲に恵まれたこともあった。でも、一番、見習いたいのは彼がその人生を求めたことである。与えられたギフトを最大限使い切ったということだ。

僕が一番大事にしていることは、人生に浸り続けることである。辻仁成という人間に与えらえた人生に僕はどっぷりと浸かって生き切りたいと思っている。それは物心がついた時から何も変わらない。僕は自分の人生を満喫してこの世を去りたいと思っている。死後の世界に期待などない。前世など関係ない。今はこの今生の与えられた辻仁成だけをフルスピードで駆け抜けてみたい。誰もが生まれたと同時にギフトを受け取っている。様々な形の贈り物だけど、それを使いこなすチャンスが大なり小なり人間には与えられている。いい家に生まれていながら、そのせいで活用できない人もたくさんいる。貧しい家に生まれたからこそ、そのギフトを最大限活用出来た人もいる。それは自分で決めればいい。それがギフトなのだ。
 

滞仏日記「全ての人間に与えられたギフトについて」