JINSEI STORIES

滞仏日記「花を育てる人の気持ち」  Posted on 2019/05/14 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、毎日、走っている。そのコースの途中に路上生活のお爺さんが暮らしている。パリは地下鉄が走っているのでいたるところに通気口がある。鉄の格子戸を通して温かい空気が排出されている。だからパリのホームレスの人たちはその上で寝ている。しかし、そのお爺さんは通気口の上じゃなく、光り溢れる広々とした道の一隅に、自前の立派なテントを建てて暮らしている。小説「真夜中の子供」の中に源太というホームレスのお爺さんが登場する。その人のモデルが実はこのご老人なのだ。ソクラテスとかプラトンとかそんな風貌である。いつもその前を通るので目が合う。一秒とか、その半分くらいの長さで僕の視線とお爺さんの視線が交差する。カフェのギャルソンが「気を付けろ、あいつは狂暴だからな」と前に忠告してくれたことがあった。だから挨拶などはしたことがないし、目が合ってもなるべく逸らすようにしてきた。でも、彼のテントの周りには彼が活けた花が咲き誇っている。その花のなんと美しいことか。こういう花を育てることのできる人に悪い人はいない、と思う。みんなは絶対彼のことを誤解している。

「真夜中の子供」を映画化する準備が進んでいるが、僕は源太の家をこのパリのホームレスのお爺さんの家のような可愛いテントにしたいと思っている。そこで走りながら、でも、かなり離れた場所から、僕はこっそり観察を続けてきた。映画の中でこの人の、この花を育てる優しい世界観を伝えてみたいと思ったのだ。
 

滞仏日記「花を育てる人の気持ち」 

この街のソクラテスは晴れた時はテントを出て自分の花壇の花に水をやったりしている。このテントの前で大規模なデモ行進がたびたび行われている。公園が近いので各種のイベントなども行われる。しかし、誰もお爺さんを排除しない。彼が撤去されることはない。周辺は公園なので、彼の住処は一等地ということが出来る。今日、僕はランニングシューズの紐がほどけていたので、奇しくもお爺さんの家の前で立ち止まり、しゃがんで紐を結び直さなければならなかった。するとお爺さんがテントから出てきて、お前、何してる、と声を張り上げた。僕は、靴紐がほどけて、と説明をした。怖い顔で近づいてきたので、カフェのギャルソンの言葉を思い出した。「あいつは狂暴だからな」お爺さんは杖のようなものを持っていた。僕は焦って紐を縛り、逃げ出そうとしたが、お爺さんが杖で行く手を遮った。なんでいつも俺の家を覗いていくんだ、とその人は怒鳴った。彼が指さす家の玄関はレースのカーテンだった。中から見ることが出来る作りなのだ。見ていたのだ。見られていたのである。
「あの、そこの花があまりにキレイだから、つい」
「これか? これがキレイだというのか?」
お爺さんは笑い出した。
「面白い男だな、お前の目は節穴か? よく見て見ろ。この花のどこがキレイなんだ?」
お爺さんが杖で花を指さした。僕は驚いた。それは造花だったのだ。どおりでいつも満開な理由がわかった。
「造花を馬鹿にするな。花が枯れるのが寂しい。造花は枯れない。水を与えなくてもいつでも笑顔を俺に向けてくれる。俺だけじゃない、お前も幸せになる。造花だが、ここには花の心がある。だからお前の心はいつもここで止まったんだ。水たまりに映った青空が美しいと思うことがあるだろ? お前はその時、どぶの水たまりを見ているわけじゃない。そこに映った美しい空を見ている。花がキレイなのじゃない。見かけはどうでもいい。人間に大事なのは、その心を持っているかどうかだ。俺が言いたいのはただそれだけだ」
 

滞仏日記「花を育てる人の気持ち」